鴉
オレが真剣に魁さんを眺めていたら、魁さんが少し考えた顔をしながら「あー……」とバツが悪そうに手を頭の後ろに回した。
「えっと……恥ずかしいんだけどさ。俺のこと “魁” って呼び捨てにしてくれていいし、敬語もいらないよ。さん付けとかさ、慣れなくて……照れちゃうんだよね。ほら、今まで下っ端だったから」
オレは拍子抜けして、肩の力が抜けるのを感じた。まさかそんな事を言われるとは思わなかったから。
でも、すぐにその感覚が怖くなって唇を噛んで魁さんを見つめかえした。
気を張らなくていい、と遠回しにオレを気遣ってくれたのはわかっていた。
けれど、照れ笑いしながら真剣さを浮かべる魁さんの躑躅色の目が、何故かオレの胸の奥に恐怖を呼び起こした。
安心したい気持ちと、不安にかられる気持ちの板挟みになる。
魁さんは黙ったままのオレを見て首を傾げる。
オレはどうしても次の言葉が出てこなかった。
怖い。
うっかり心を開いてしまったら、その先に突然やってくる悲しみが待っているかもしれないと、どうしても考えてしまう。
母さんのときも、父さんの時もそうだったように。
そう思うと耐えられなくなる。
涙が出そうになって、鼻をすすって俯いた。オレは無意識に腕時計のベルトを指で撫でていた。
佐丞と友達になった時、どうだったかな。関係ないとわかっていても、目の前の出来事から逃げるように昔の思い出が頭をよぎる。
腕時計をくれたオレの人生の中の唯一の親友、壽佐丞。
アイツと仲良くなった時は、そんな心配は不思議と思い付かなかったのに。
ひょうきんで優しいのに、根拠もなく絶対大丈夫だって思えるヤツだったから。
そうか。アイツのそんなところが、オレはきっと好きだったから、あんなに仲が良かったのかも————
「———— その腕時計……」
オレがあんまりにも黙っていたからかもしれない。魁さんが不意に声をかけてきた。
「珍しい時計だよね〜。一也にとっても似合ってる」
オレが撫でていた腕時計を見ながら、魁さんが優しく尋ねてくる。
「これは……」
思わず言い淀んで、オレは腕時計をギュッと握った。
「……誕生日プレゼントで、もらったやつで」
「へぇ〜! 超ステキじゃん!」
「……そいつといるときは、こんなこと、思わなかったのに」
思わずオレが呟いた言葉に、魁さんは「こんなこと?」と首を傾げた。
余計なことを口走ったと後悔したけれど、取り繕うのも面倒になってオレは「どうせ……」と言葉を続けた。
「どうせ……、会えなくなるかもしれないのに。人なんて、みんな」
オレの言葉に、魁さんは驚いたように目を見開いてから、すぐに泣きそうな優しい顔になってオレを見た。
それからオレの両肩に手を置いて、オレの顔を覗き込んだ。
「辛かったよね……。ごめん、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけど」
魁さんが言いながら優しく肩を撫でてくれる。
「俺、こう見えて結構強いよ! だから、突然一也を置いていなくなったりしない。指切りしてもいいよ! それに———— 」
考えるように間を置いて視線を逸らした魁さんに、オレは首を傾げて続きを促した。すると、魁さんが真っ直ぐにこちらに向き直ってにっこりと笑った。
「———— ここに来たってことは、一也は人を救う能力があるってことなんだよ。だから、一也が絶対俺のこと守ってくれるから、俺はいなくならない。もちろん他のメンバーも、みんなお互いにそう思ってる。
一也は自分で誰かを助けられる。無力じゃない。……だから、一也が守ろうと思ってくれるなら、俺はいなくならないよ」
無力じゃない。
その言葉にオレは唇を噛んだ。
「無力」。まさにその言葉が、この数日のオレの気持ちを体現している言葉だった。
言葉になった瞬間、心底納得して、それを否定してくれた魁さんの言葉に出そうになった涙を必死に引っ込めた。
そんなオレの様子に気付いたのか、魁さんは途端に笑顔になって「だ〜か〜ら〜!」とおどけながらオレの肩を軽く叩いた。
「心配する前に、全力で仲良くしよ!!」
「ね!」と魁さんは言って、オレの肩を今度は強く何度か叩く。
「いた、……いたいっす」
オレが呟くと、魁さんは「敬語禁止〜、さん付け禁止〜」と言いながら今度はパタパタと小鳥みたいに腕を振る。
「…………わかった……わかった、よ。……魁、くん」
諦め気味にそう呟いたオレに、魁さん、もとい魁君はやっと動きをとめて「上出来〜」と明るく笑った。
