鴉
「ちなみに」シュンさんが言った。
「そんな事を言い出したのはどこの何奴かな」
「委員長のお察しの通り、弥生中佐を中心とする派閥です」
「派閥……?」
結姫先生の言葉を小さく繰り返してオレが首を傾げると、すかさず魁君がオレにそっと耳打ちをしてくれる。
「あれだよ、仲良しグループみたいなやつ。それでもって、弥生中佐っていうのが中心にいる派閥が、防衛隊でも一番大きな影響力を持ってる派閥で、西藤少佐って言う、シュンちゃんの事嫌ってる、でもめっちゃ頭いい奴がその派閥にいるんだよ」
西藤少佐。怪しい人物の筆頭として教えられた名前が出てきて、オレは尚更背筋が凍った。
シュンさんが険しい顔をして腕を組む。
「西藤から極めてタイミングのいい呼び出しがあった。まるで、一也が第四に匿われている事を把握しているかのように」
その言葉に琉央さんも頷いた。
「彼の価値観と行動原理は全く理解できない。だが、知能が低いわけでも、倫理観が著しく欠如している訳でもない」
「そうですね」結姫先生は言って、ため息を吐く。
「弥生中佐の方が厄介です。浅はかな行動理念で巨大な力を容易に振るうバカの権化……。とはいえ、そんな浅はかな人間がこの一連の出来事の黒幕とは到底思えない。つまり、黒幕と見せかけた手足。何枚もある岩の一枚に過ぎないけれど、その岩も厚く重い……ということでしょうか」
琉央さんが珍しく腕を組んで考え込む。
「……本体を誘き寄せるためには、手足を自由にさせて本体の一部でも露出させる必要があるということか」
その琉央さんの言葉を最後に、みんなが黙り込んで暫く沈黙が続いた。
それを破ったのはシュンさんの怒りに満ちた低い声だった。
「一也を襲うなんて。僕に殺されたいんだね」
琉央さんが珍しく驚いて目を微かに見開くのが見えた。少し遅れて、魁君と結姫先生が茶化すみたいな、でも微笑ましいみたいな顔でオレを見る。含満先生も呆れ顔だ。かすみ先生はいつも通りにこにこしているけれど……。
「委員長、冗談に聞こえません」結姫先生が言うと、魁君も「そうだよぉ〜」と声を上げた。
「カズも超引くと思う〜。ねぇ、カズ〜?」
「え? オレ?」
魁君に急に話を振られて、オレは動揺して唇を噛んだ。急にそんなこと言われても。
確かに、シュンさんならやりかねないような気はする。
っていうかオレの方が、シュンさんの悪口言う奴全員殴ってやりたいんだけど!
「……オレの方がシュンさんの悪口言うやつ全員殴ってやりたいし」
オレの一言のあと少し沈黙があった。何か変なことを言ってしまったんだろうか。
オレが顔を上げると、琉央さんは珍しく微笑ましそうな顔でこちらを見ているし、魁君も結姫先生も満面の笑顔だし。含満先生もかすみ先生も「あらあら」って声が出そうな顔でこちらを見ているし————
———— シュンさんはといえば、照れた顔で「本当に君って子は」とかなんとか言いながら頬をかいている。
「ウケる〜〜〜、カズマジで最高〜〜」
「一也君は本当にいい子ねぇ」
沈黙を破るように魁君と含満先生が声を上げる。
「え、なんで? オレ変なこと言った?」
オレの問いに、結姫先生が静かに首を振る。
「みんな良かったと思ってるんだよ」
「何に?」
オレが尋ねると結姫先生が「そりゃぁ、ねぇ?」と茶化して笑う。
なんだかよくわからないんだけど!
ぷんすこ怒るオレに「まぁまぁ」と宥めつつ、魁君が口を開く。
「ところでさぁ、カイカイさんって、バラバラにしてまたくっつける、とかできないよね?」
含満先生がうーん、と唸りながら腕を組んだ。
「合体させるためには中枢神経系、特に脳が保持された個体が必要になる。つまり “脳が保持された丹に侵された死体” があれば、それを “依代” とし、周囲3m以内の肉体を吸収して独立歩行するカイカイさんになることはあり得る。
この時、“脳が保持された丹に侵された死体” は丹電子障害である必要がある。一方、周囲の肉体は丹に侵されている必要はない。とはいえ、誰にも気付かれずに、あんなに大きなものを運ぶなんて現実的じゃないわ」
「外部から持ち込まれたのか。内部に潜んでいたのか。それも皆目見当がつかない」
琉央さんが言って、大きなため息を吐いた。
「仕方がない。自信はないが、内部からハッキングを仕掛けよう」
「えぇ〜」
魁君があからさまに嫌そうな顔をした。
「やめた方がいいんじゃない……? 琉央くん一回痛い目みたじゃん?」
「痛い目?」
オレが尋ねると、琉央さんが「あぁ」と呑気な声を出した。
「僕に対する監視は予想以上に厳重だったらしい。漫画喫茶の中で乱闘が勃発する寸前だった。だが、あの時も逃げ切った。今回も逃げ切ってみせる」
「もぉ〜!琉央くんったらぁ〜!」
琉央さんと魁君の様子を見ていた含満先生が、何か思い詰めたように琉央さんの方を見た。
「ハッキングといえば……、私の元に訪ねてきた子がいたのよ。應佐緒という子なんだけれど」
含満先生の言葉に、琉央さんが驚いたように勢いよく顔を上げた。目を見開いて、琉央さんらしくない表情だった。
「あなたの知り合いかしら?」
含満先生の声に、琉央さんが尚更呆気にとられたように息を浅く吸った。
「………………僕の妹だ」