TSUKINAMI project

TSUKINAMI project

/

「国家防衛隊司令室かからの命令で参りました、暁星一也委員の保護観察実行者、西藤秋虎です」

 カフェのドアを開けた時の魁の反応が、僕たち4人の反応全てを代弁し西藤本人に伝えているようだった。

 魁は西藤の姿を見た途端、蛇を見たカエルのように硬直し、少し間を置いて「あぁ」とやっとのことで言葉を吐いた。

 魁らしからぬあからさまな反応だ。

 僕も魁の後ろで「まさか」と出そうになる声を必死に押さえていたし、琉央はいつものポーカーフェイスをどこかに置き忘れたようにあからさまに眉間に皺を寄せていた。

 一也はまだ状況を把握できていないようで、唖然としている。

 結姫達とミーティングを行った直後、今日の朝8時から緊急保護プロトコルが実行されることが正式に僕たちに通達された。

 拒否することも考えた。けれどここで拒否すれば、組織の中で孤立を深めるだけで何も得られるものがないと含満先生からも助言をもらい、特に申し立てをすることなくプロトコルの実行を受け入れることにした。

 書面上非公開となっていた実施場所については屯所で行うと事前通達があった。

 しかし、一也に対する緊急保護プロトコルの実行者、つまり、一也を保護観察する人物は僕達に事前に知らされることはなかった。

 警戒はしていた。とはいえ、まさか僕たちを敵対しているのではないかと疑っている人物の筆頭が僕たちの懐に攻め入ってくるとは想像もしていなかったが……。

 魁に連れられて西藤がカフェの奥に入ってくる。

「保護観察実行者が西藤少佐だとは驚きました」

 僕が言いながら席を勧めると西藤は「結構」と言いながら、目の前で敬礼する一也の姿をまじまじと見つめた。

「丹電子障害警衛委員会 暁星一也委員です」

 西藤の視線に気付いた一也が、挨拶をする。その姿に西藤は無表情で「よろしく」と一言呟いて、僕の方に向き直った。

「本日の午前8時より、24時間の監視を命令されています。暁星委員の部屋に泊まりますので、悪しからず」

「こちらで別室を用意していますが」

「結構。私は床で眠ります」

「しかし」

「結構」

 僕が気遣う言葉にも、西藤は断固として譲る気は無さそうだ。

 心配になって一也の様子を伺う。複雑そうな顔だ。一也の事だから、ちょっと申し訳ないな、とでも思っているのかもしれない。本当によくできた子だ。

「そうですか」と僕が努めて穏やかに返事をすると、西藤が「ところで」と言葉を継いだ。

「本日の正午、警衛委員会に任務の通達があるはずです」

「任務?」

 僕が聞き返すと、西藤は「はい」と頷いた。

「女性アイドルユニットのSR-maiden(エスアールメイデン)はご存知でしょうか?」

「maiden」

 僕の後ろで一也が小さく呟く声が聞こえた。

「君ぐらいの年齢ならよく知っているだろうな」西藤が続ける。

「彼女達宛のファンレターのうち一通に、脅迫めいた文言と丹の塊と思しき物体が同封されていたそうです。諜報員から第七部隊の文月(ふみつき)隊長宛に連絡があり、国家防衛隊参謀本部に報告が上がってきました。

 事実確認と丹殲滅の任務が本日の正午、警衛委員会に通達されるでしょう。

 任務には暁星一也委員を除いた3名で出動していただく事になるかと」

「それは、」

 西藤の言葉に、僕は思わず声を上げた。

「丹殲滅過程の同調と共鳴には特定共鳴者が必要です。彼も一緒に連れて行きます」

 西藤は表情を変えず、小さく息を吐く。

「第四部隊の卯ノ花隊長の報告書を拝見しました。……特鳴とはいえ、あなたと暁星委員の共鳴深度の数値は、あなたと傳の共鳴深度に劣る。それでも連れていくのですか?」

「その報告書は1ヶ月前のものです」

「たった1か月でなにが変わると言うんでしょうね」

 語気を強めた西藤の言葉に、一也が息を呑む気配を背中に感じる。

 僕もどうしても思うところがあって、顔の中心に力が入るのが分かった。

「とはいえ」西藤が続けた。

「ここで私が2名の共鳴深度を再評価したとて結果は変わりません。私にその権限はありません。正午の出動に向け準備をしていただくというのが最善の行動でしょう」

 西藤の言葉の通りだと僕も思った。

 ここで冷静さを欠いても何も始まらない。

 僕は西藤に「えぇ」と言葉を返す事しかできなかったのだった。

目次
TOP