TSUKINAMI project

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「アイドルの護衛とかマジ映画みたいなんですけど〜」

 空気が凍り付いたミニバンの中で、魁は大きな独り言を盛大に呟いた。

 僕はその言葉に返事をする余裕もなく、はぁ、と一つため息を吐く。

 一也の事が心配でたまらなかった。

 保護観察の任務にあたっては、弥生中佐の派閥から観察官が選出されるであろう事は予測していた。せいぜい曹長、少尉クラスの人間が来る程度であろうとも思っていた。

 けれど、まさか佐官である西藤がのこのこ現場にやって来るとは。夢にも思わなかった。

 とはいえ、ここで心配しても致し方がない。今は任務をいち早く完遂し、一也の元に戻る事が最優先事項だ。

 僕は車に乗ってから何度目かわからないため息を吐いて、手元で煽っていたタブレット端末に目を落とした。

 今回の任務の概要は、女性3人組アイドルユニットSR-maidenの護衛および、ファンレターに同封されていた丹の無害化だ。

 含満先生のように諜報員として活動している退役防衛士官の1人である葉月(はづき)元曹長からの通達を発端にして、今回の任務の命令が下ったと通達された。

 しかし妙だ。

 彼は早期退役で曹長が最後の役職だ。丹の存在は士官以下の人間には知らされる事はない。よって、彼が丹の存在を知っているはずはない。

 確かに『報告書にはテロ対策のための諜報活動の折にこの事案に遭遇した』とある。そして『丹』の記載はなく、代わりに『危険物』と言う文字が踊っていた。

 その『危険物』を、誰がどの段階で『丹』と判断したのか、その部分についての記載はない。

 僕は考え込んで眉間に皺を寄せた。

「シュンちゃん、おでこがしわしわだよ〜?」

 声の方を見ると、魁が僕の横で足を組んで茶化すようにこちらを眺めている。

「余計なお世話。それで? 魁の方は終わった?」

 僕が尋ねると、魁は持っていたタブレットを僕の方に寄越して「もっちろん」と頷いた。

SR-maiden(エスアールメイデン)。大型アイドルグループ『maiden(メイデン)』のランキング上位殿堂入り3人による派生ユニット。’43年のデビューから、飛ぶ鳥を落とす勢いで人気上昇中。

 情報量・露出度・親近感の三拍子が揃った、最近流行している地下系ガチ恋アイドル。所属は総合人材派遣会社マイカ。プロデューサーはゲーム音楽をきっかけに有名になった豊年(ほうねん)玄子(はるこ)

 んで、今回の握手会はミニアルバム発売記念イベントで、ミニアルバムに同封されている用紙で申し込んで抽選200名様ご招待〜。ちなみに〜、申し込み用紙の転売最高価格は〜〜? 48万6000円!うっわぁ〜〜〜」

 ふざける魁に、僕は「それで?」と続きを促す。

「今日の運営資料で分かった事は?」

「それが超問題なんだけど〜」

 魁が途端に真面目な声色に戻る。

「SR-maidenのファンクラブで一定条件をクリアすると、運営からサブプロデューサー権限が与えられて運営スタッフを任せてもらえるらしいんだよ。だからほら」

 魁が言って、僕の手元にあるタブレットを器用に操作して該当部分を拡大させた。

「スタッフ一覧の名前がぜーんぶハンドルネーム。この資料から人物を特定するのは限界あるってこと」

「僕達のボディカメラの映像から顔認証を通すが、一般人は実名が無ければその場で照合するのは困難だ」

 琉央が運転席から声を掛けてくる。

「当選者の情報は実名と住所が表記されていた。よって、現在スクレイピングを実行中だ。ただ、ハンドルネームしか開示されないスタッフについてはSNSのクローリングも必要だ。物理的に時間がかかる。それに魁の話にあった転売の件も、当選者の情報を洗っても転売された先まで特定する必要がある場合は先の話同様時間を要する」

 琉央の言葉に僕は唸って、持っていたタブレットを魁に返して自分のタブレットを引っ張り出す。

 それから葉月元曹長から送られてきたという脅迫文の写真を画面に表示させた。

『全ては始まった。
 私はお前を認識する。
 そして全てを破壊する。

 これは神託である。

 神はお前達を使い、
 人を殺すだろう』

 脅迫文にしては妙だ。具体的な目的も不明確で含みのある記述だ。

 それに————

『お前達を使い、人を殺す』

———— この言葉の意味を、一緒に送られてきた丹と合わせて考えるとあまりの恐怖に僕でさえ身震いする。

 写真には脅迫文の横に米粒大であろう丹も映っていた。

 丹電子障害を引き起こし、人々を襲わせるということを意図しているとするなら。

 これはただ事では済まないだろう。

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