TSUKINAMI project

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 ハクを会場に残し、僕はひとり楽屋を訪れた。

 まだひと気けのない会場はイベント前だというのに妙な静けさを湛えていた。

 ツツジからの報告でも僕の共鳴確認でも、丹の反応はなかった。ハクひとり現場に残しても問題ないだろう。

 楽屋のドアの横に立っていた女性社員に促され中に入ると、奥のくすんだ白いソファに女性が4人座っていた。

 豊年氏と思しき中年の女性の隣にSR-maidenのメンバー三人が肩を寄せ合って腰掛けている。ほかに人は見当たらない。

 楽屋は思ったほど広くない。化粧道具などで雑然としていて、トップアイドルの楽屋としては不釣り合いのように思えた。通常ならメイクや衣装のスタッフがいそうなものだが、それらの姿もない。

 僕の姿を確認した豊年氏がソファから立ち上がり、スマートフォンを片手に眉間に皺を寄せながらこちらに近付いて来る。

 彼女はかなり華奢で、ベリーショートの黒髪だ。黒いスーツでコツコツと硬いヒールの音を立てて歩く姿は僕の目に病的に映った。

「話は聞いてます。KRS警備の方でしょ?」

「果瀬といいます」

 僕が軽く一礼すると、彼女は露骨に大きなため息をついて僕を睨みつける。

 そして、よく手入れされた長い真紅の爪で、少し長めの前髪を気怠げに掻き上げた。

「プロデューサーの豊年と言います。今回の件、我々はそんなに大ごとだと考えていません。脅迫状についてはご存知?」

「えぇ」

 捲し立てる彼女に僕は短く返事を返すと「それなら話が早いです」と、俯き加減だった顔を彼女がこちらに向けた。

「今回の件、手紙におもちゃの石を仕込んだイタズラだと考えています。大掛かりな警備は必要ない。弊社の本部から御社にご連絡があったのだと思いますが、演出の邪魔になるようなことは控えてください」

「それでは」と、僕の返事を待たずに豊年氏が僕を追い越して楽屋から出て行こうとする。

 僕がそちらを振り向くと、豊年氏はすでにスマホを耳に当てどこかへ連絡をしようとしているようだった。

 ドアが閉まるのを見届けて、僕はソファの方へ向き直る。SR-maidenのメンバーの1人が震えながらこちらをじっと見つめていた。

 薄い桃色の髪をツインテールにまとめた彼女は、大きな目にこぼれ落ちんばかりの涙を湛えている。

 篤鉄ハイリ。通称ハイリ。SR-maidenのセンターにして大型アイドルグループmaidenのランキング1位。maidenへ加入して1年弱でセンターに上り詰めた現役高校生の大型新人。

 歌もダンスも未経験からスタートし、驚異的な速度で吸収した強者……、とはネットの情報だ。

 そんな触れ込みとは裏腹に、今実際に僕の目の前にいる彼女は、年相応に怯え隣にいるメンバーに支えられ、辛うじて座っているような状態に見えた。

 支えている銀に近い金髪のショートヘアの女性は鳥鼠あいら。最年長の22歳。初代運試し大会なるファンミーティングイベントで優勝したことから人気に火がついた、通称「もってる女」「勝利の女神」。

 それまでは人気が下火であったにも関わらず、当該イベントでの優勝をきっかけにランキング3位まで一気に上昇したメンバーだ。

 ハイリを優しく撫でる彼女自身も、かなり憔悴しているように見える。しかし、ハイリにかける声はとても穏やかで優しい。

「昔のこと、思い出しちゃったんだよね」

 あいらの言葉に、ハイリは小さくうなづいて小さく笑った。

 健気だ。心が痛くなる。なんだか自分の子供の頃を見るような錯覚がして、僕は思わず彼女たちのそばに歩み寄った。

 ハイリを挟んであいらの反対側に座っていた透き通るような薄いマリンブルーのミディアムヘアにリボンカチューシャをつけた少女が、キッと音がしそうな形相で僕を睨んだ。

 灰鹿野澪。子役出身の人気上位常連メンバー。何かとお騒がせな企画を行い、世間にその名前を轟かせる戦略家。だが、その顔から窺い知れるのは、大事な家族を守る警戒心の強い子犬、といったところだろうか。

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