TSUKINAMI project

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佐丞 (さじょう)くん! 私を助けて!」

「いや、あの……どちら様ですか?」

 郊外の、田畑も近い割と田舎の一軒家。だんだん暗くなってきた夕方ごろ。呼び鈴が鳴ったから、夕飯の用意をしている母さんの代わりに俺が出た。

 玄関を開けたら、目の前に存じ上げない女の子が立っていた。

 彼女は薄い桃色のワンピースに、土で汚れた白いサンダルを履いて、レースのカーディガンを羽織って赤縁のメガネを掛けている。細身で童顔。ついでに言えば、メガネ越しでわかるほど目がでかい。

「…………佐丞くん私のこと、忘れちゃった?」

「はぇ?」

 首を傾げて俺は眉間にしわを寄せる。こんな美人、知り合いに思い当たりがない。そもそも、コミュ障でパッとしない俺に、こんな美人な知り合いがいたことなんて一度もない。

 俺はまじまじと彼女を観察する。

 腕も脚も、こっちが不安になるほど細い。それに、ワンピースの裾は思ったより短くて、薄いカーディガンも相まって、こんな田舎じゃすぐに虫に食われそうで不安になる。長い灰色の髪が汗で首に張り付いている。息も少し荒い。走ってきたのか。ついでに言えば、胸も大きい気がするが、きっと無造作に掛けられたショルダーバックのせいだ。

 俺が黙り込んでいたからだろうか、目の前の女の子はどんどん肩に力が入って体が縮こまっていく。

「前は…………、あんなに、一緒に遊んでたのに……」

「いや、そんなこと————

————言われても、と言いかけたところで、彼女の整った眉毛がどんどん八の字に歪んでいくのが見えた。

 その上「佐丞くん……」なんて捨てられた子犬みたいな声で俺の名前を呼ぶ。大きな薄ら赤みのある目が潤んで、今にも涙がこぼれ落ちそうだ。

 なんで泣くんだ。俺は焦って、必死に記憶の波をかき分ける。灰色の髪。赤みのある目。俺を “佐丞くん” と呼ぶ、俺の人生で唯一と言っていい女の子。

 少し考えて、はっとした。

「もしかして……ハイリ?」

 俺が言うと、彼女はぱっと表情を明るくして俺の手を取って大きく頷いた。

「そう! そうだよ! 私! ハイリだよ! 思い出した!? 佐丞くん!」

 顔が近い。混乱しながらも、一応「うん」と返して彼女の肩を押し戻す。

 そして「本当に、ハイリ?」と付け加えた。

 なぜかと言えば、俺の記憶の中の “篤鉄 (あつがね)ハイリ” は、“デブ” と言われいじめられていた “デブのハイリ” だったからだ。

 いま目の前にいる天使のような風貌の彼女からは、申し訳ないが初見でハイリを思い出すことは不可能に近い。

 最後に会ったのは中学2年生の秋。ハイリが都心部へ引っ越した日だった。

 ハイリの家は、所謂 “フクザツな家庭” だった。ついでに言えば、ハイリの母親は妙に厳しくて、スマホもパソコンも持たせてもらえない状態だった。それだから、当時の無力な俺は、もう二度とハイリに会うことはできないものと覚悟していた。

 その当時、俺とハイリはお互いに “いじめられっ子” だった。

「デブのハイリ」と「ダサいサジョウ」。

 進学校と言われる中学校で、俺たちは、カースト上位の奴らにとって、ちょうどいいはけ口 (・・・)だったんだと思う。

 何をやっても上手くいかない。俺も要領の悪いガキだった。

 そんな俺を、ハイリはいつも優しく励ましてくれた。そして、ハイリが落ち込んでいるときは、俺がよく励ました。

 本当に辛かった時だって、そのぽっちゃりしたあったかい手で背中をさすってくれた。思い出す。あの柔らかい手が懐かしい。

「痩せたね」

 俺は思わず呟いた。

 が、ワンテンポ遅れてかなり後悔した。デレカシーのかけらもない言葉だ。久しぶりに再会した女の子に、気の利いたセリフひとつ言えないのが、やっぱり “俺” なのだ。

 結局 “ダサいサジョウ” は高校2年生になっても健在だった。

 けれど、そんな俺に彼女はヘラヘラと笑って「そう! 頑張ったの! えらい?」とおおらかに返してくれる。変わってない。いつも明るくて優しかったハイリのまんまだ。俺は安心して、ふっと笑う。

「うん。えらいよ。すごく」

「えへへ………」ハイリは安心したように俺を見つめた。

「佐丞くんも、随分大人になったね! 見違えた! 背が伸びてかっこよくなった!」

「背は勝手に伸びるもんだよ」

「そっか、」と、ハイリは言ってから、はっとしたように肩から落ちかけたカーディガンをぎゅっと引っ張った。

「違う違う違う!」「なになになに!?」

俺が驚いて聞き返すと、ハイリは勢いよく俺の肩を掴んで顔を近付けた。

(ことぶき)佐丞 (さじょう)さん!」

「えっ……あ、はいっ」

「私のマネージャーになってください!!」

「ま、……マネージャー?」

「それで私を守って……っ!」

「いやいやいや、なにそれどう言う意味」

「そのままの意味!」

「はぁ?」俺は言って首をかしげる。

「ハイリ、アイドルにでもなるの?」

「そう! だから佐丞くん! 私のマネージャーになって!」

 俺は絶句した。

 母さん。俺はどうやら、アイドルの幼馴染ポジだったようです。

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