TSUKINAMI project

TSUKINAMI project

/

「あら! ハイリちゃんだったの? 本当に!? 可愛くなったわね〜! 早く上がってちょうだい! ちょうどご飯できてるから。作りすぎちゃったところなのよぉ。まだ時間大丈夫? 食べて行くでしょ?」

 そんな母のマシンガントークに背中を押されるように、俺はハイリを家の中に招き入れた。

 ハイリはリビングの隅に緊張気味に佇んで「懐かしい」と笑った。

「いつも佐丞くんちで晩ご飯ご馳走になってたね」

「ハイリに勉強教えてもらってたし。そのお礼だったけどな」

「ご飯目当てで教えてただけかもよ」

「そうだったとしても、俺はすごく助かってたよ」

「ほんと? なら良かった」

 寂しそうに笑うハイリに、俺はハイリの特等席だった窓際の席を勧めた。

「ご飯目当てで教えてただけ」なんて。そんなはずなかったと知っている。

 苦手だと言った英語の範囲を、寝る暇も惜しんで俺のためにテストを作ってくれたこともあった。一度も忘れたことはない。

 思い出すほど、またハイリに会えたことが嬉しくて、少し目頭が熱くなる。

『夕ご飯、コンビニで買わないと』

 学校からの帰り道、毎日ハイリが呟くその言葉に、俺はいつも寂しさを覚えていた。

 どうにかしてあげたいと “ダサい” なりに必死に考えた作戦が「勉強を教えて」だった。そのお礼として、ハイリに夕ご飯をうちで食べてもらえればいい。料理上手な母さんの口癖は「買い食いは体に毒」だった。

(そのせいで弁当が嫌に豪華で、なおさらいじめられたことは、母さんに話したことはないけど)

 いじめのことについてだって相談したことがなかった家族に、俺は思い切ってハイリのことを相談した。

『勉強を教えてもらうから、夕ご飯食べて行ってもらいたいんだけど』と。

 一度も相談事をしたことがなかった息子からそんな風に言われて、特に母さんは二つ返事で夕ご飯を多めに作ってくれるようになった。母さんは、抜けているところが多いけど、その代わりにおおらかで細かいことに無頓着だ。ハイリの家のことも、なんとなくは分かっているようだったけれど、何も言わずにいてくれた。

 はじめてハイリと夕食を一緒に食べた日、ハイリが大きな目をうるませて、泣きそうになっていたことを思い出した。

 ちょうど、今日と同じ、炊き込みご飯が出た日だった。

 ハイリは、椅子に座ってぼうっと置き時計を見つめていた。俺も隣の席に腰掛ける。

「それでさ」俺は切り出した。

「マネージャーってなに。ハイリ、本当にアイドルになるの?」

 俺の声にハイリは、はっとしたようにこちらを向いた。そして「うん」と頷いた。

「……スカウトされたの」

「有名な事務所?」

「事務所というか、会社の名前は人材派遣のマイカっていうんだけど……」

「聞いたことないな……」

maiden (メイデン)って言えばわかる?」

「メイデン!? アイドルの?」

 驚いた俺に「そう」とアイリは頷いた。

maiden (メイデン)。国民的アイドルと取り沙汰されている、総勢100人以上のメンバーからなる大型アイドルグループだ。選抜メンバーで様々なグループ内ユニットを組んで活動している。

 アイドルに興味がない俺でも名前を知っている。『HR-maiden (エイチアール メイデン)』『R-maiden (アール メイデン)』というユニットが有名だ。

「うっわ、……まじか……」椅子に寄りかかって天を仰いだ。

 まさか、あのハイリが。メイデンの一員に。

 ふと隣を見ると、見たこともない知らない女の子がちょこんと椅子に座っている感覚に陥る。

 彼女がハイリだなんて。まだ信じられない。本当に、可愛くなったな。

「んんっ、と、……それで」俺は邪な誤魔化して咳払いをした。

「助けてって、どう言うこと? なんで俺がマネージャー? 社員がマネージャーとしているんじゃないの?」

 すると、ハイリが小さな口を歪めて膝の上にあった拳をぎゅっと握った。

「佐丞くんなら、私に嫌なことしないと思って」

「はい?」俺は眉間にしわを寄せた。

TOP