TSUKINAMI project

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「言われたんだもん。アイドルはマネージャーに枕営業して仕事取って来てもらわなくちゃいけないって!」

「は?」思わず声が出た。

「いや誰だよそんな知識吹き込んだの」

「………………違うの?」

「違うよ! ばか! なにその全ての方向で間違ってる情報」

 キョトンとするハイリに俺は頭を抱えた。

「マネージャーっていうのは、タレントの送り迎えとか、スケジュール管理とか、アイドルにファンが直接絡みに行かないようにするのが役目だろ?」

「へぇ」

「それに、その……、枕営業をする相手はマネージャーじゃなくてっ! あっちゃダメなことだけど、テレビ局とか大型のマスメディアの偉い人とかプロデューサーに自分を売り込むためにするものだろ? ……絶対にあっちゃダメなことだけど!!」

 大事なことは2回言う。誰だよハイリにこんなこと吹き込んだやつ!

俺の焦った様子に「そっかぁ、なんだ。びっくりした」とハイリがふにゃっと笑った。

 びっくりしたのはこっちだ、このふにゃふにゃもち (・・・・・・・・)。この様子じゃ、今だって意味がわかっているのかさえ全く疑わしい。

「ってかそもそも、マネージャーっていうのは本来会社が用意するもんだろ?」

 俺が語気を強めて言うと「そうなんだけど……」とハイリは視線をそらす。なにやら歯切れの悪い。

「何?」俺が尋ねると、ハイリはしょぼんとした顔で下を向いた。

「いっぱい調べたの。そしたらね、メイデンのマネージャーって、基本何にもしてくれないんだって。だから全部自分でやんないといけないって」

「へぇ……」

「だから! ……その……」

「うん?」

「私が稼いだお金でバイト代出すから! 私の専属マネージャーになって!」

「……なんですって?」

「それで、私のこと守って! お願いします!! 壽様!」

 椅子の上で器用に土下座をするハイリに、俺は「なんで」と呟いて固まるしかなかった。

 なんで、俺なんだ。疑問はそこに集約される。なおも「お願いします!」と頭を椅子の座板より下に行かんばかりに下げ続けるハイリ。

「わ、わかった、分かったから!」

 俺はハイリに頭を上げさせた。ばっ、と顔を上げたハイリの長い髪がふわっと風で舞う。そして「佐丞くん……」とこれまた捨てられた犬みたいな顔で俺を見つめた。

 いやだから。俺は狼狽える。だから、そういうのは、調子が狂うから、やめて欲しい。俺は気を取り直して溜め息をついた。

「なんで俺なの?」

「ふぇ?」

「だから。なんで俺なの? わざわざ郊外にいる俺に頼まなくったって、近くにいっぱい知り合いがいるだろ」

 俺が言うと、ハイリはまたしょぼんとした顔で下を向いた。長い睫毛が揺れていた。

「……思いつくの、佐丞くんしかいなかった」

「まさか」

「本当だもん!」ハイリが眉間にしわを寄せて体を乗り出した。

「中学生の時は、佐丞くんがいてくれたからなんとかやっていけた。でも、向こうに引っ越してから……、とっても大変だった」

 思わず俺は押し黙る。それは俺も同じ気持ちだったからだ。ハイリがいてくれたから、俺はなんとかあの地獄の中学時代を乗り越えることができた。

 それだったから、ハイリがいなくなってから俺もとてもキツかった。

「それで」とハイリが言う。

「……引っ越してから、なんだか体質が変わったのかな。急にちょっと痩せたの。だから、いい機会だからダイエットしようと思って。いっぱい運動したの。そしたらね、もっと大変だった。なんでかな。デブって言われていじめられてたのに。痩せたら、今度はぶりっ子って言われるようになったの」

「……そう」

「高校に入ってからは、そんなこともあんまり無くなったけど。でも……。いつも、誰かに何か言われてるような気がするの。いつも監視されてて、粗探しされてるような気がする」

 ハイリの握った手の甲に、ぽたっと彼女の涙が落ちた。

「でも……、佐丞くんは絶対大丈夫。そんなこと言わないって思える。裏切られないって信じられる。大変だった時に、一緒にいっぱい話してくれた。助けてくれた、佐丞くんだけ。信じられるのは、佐丞くんだけなの」

「………」

「私、お父さんもいないし、お母さんもいつも家に居なくて。多分、意識はしてなかったけど、我慢、いっぱいしてきたの。最近それに気が付いた。でもね……もし、チャンスがあって、自分がやりたいって決めたことができるなら、挑戦してみたい。挑戦してから死にたい。正直、いろんな人を見返したい。ワガママいっぱい言ってやるって決めたの。だから……」

「だから?」

「一番最初に、信頼してる佐丞くんにワガママ言いにきた」

「私のマネージャーになって」

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