TSUKINAMI project

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 あの日から3日経った日曜日。ハイリは正式にmaidenへのメンバー入りを果たした。

「お祝いもかねて作戦会議しよ!」

 そう、ハイリに都心まで呼び出された俺は、慣れない電車に乗って都心随一の繁華街柊角筈 (しゅうつのはず)へと降り立っていた。

 ハイリがお気に入りだと言うカフェで待ち合わせをすることになっていた。そして、そのカフェは “最寄駅から徒歩2分” と書いてあったが————

————駅の中広すぎ」

 生まれてこの方田舎育ちの俺は、迷路のような都会特有の駅構内と、圧倒的な人の波に、すでにHPが削られまくっていた。

「人酔いしそう」

 いや、すでにしている。

 ハイリへ遅れる旨のチャットを送信し、しばらく彷徨って、やっとのことでダンジョンのような駅の構内を抜け出す。駅から出ても、なお道を埋め尽くす人の波を掻き分け、俺はようやっとカフェに辿り着いたのだった。

 パンケーキが有名というそのカフェは「スノウヘロン」という名前で、人気とあるスポットらしいと聞いていた。確かに店の前に人が並んでいる。どうやって入ればいいのかわからず、みんなに倣って列に並んだ。

 人混みのガラス越しに中を覗き込む。遠目でも目立つ、灰色の髪をした可愛い女の子が見えた。

 ハイリだ。なにかの文庫本を読んでいる。まだこっちに気が付かないようだ。

 ハイリは紺の地に白い小さな花柄が散りばめられたワンピースに、タッセルのピアス。肩から裾が短めのデニムジャケットを羽織っている。

 俺が観察していたら、ハイリがふと顔を上げた。それから窓の外へ一通り目線を動かしてから、ぱちっと俺と目があった。

「さじょうくん」と口元が動いている。そしてこちらに控えめに手を振った。

 うわ、デートじゃん。

 とは思ったものの。親友の一也に距離は保つと言った手前、そんな気持ちはぐっと堪えて俺も控えめに手を振り返した。

「待ち合わせでいらっしゃいますか?」

 一連の様子を見ていたのか、少しして、店員さんが俺に声をかけてくれた。

「そうです」と答えたら、そのままハイリの席に案内してくれた。席に着いてすぐ「お待たせ」とハイリに声をかけた。

 ハイリは嬉しそうに首を横に振る。

「遠いところごめんね、ありがとう。迷わなかった?」

「迷いそうだったけど、どうにか辿り着いた」

「えへへ、私もここ来たばっかりの時迷ったんだよね……」

 他愛もない話をしながら、ハイリが傍に置いていたリュックから、ピンクのカバーがつけられたノートパソコンを取り出す。シンプルなリュックから取り出された女子らしい色彩に一瞬、不覚にもドキッとする。

「佐丞くん!」「は、はい!」

 思わず勢いよく返事を返す。

「なんと! 私のプロフィールが公式サイトに載ったのです!」

「……あっ……そ、そっち」

「ん? ……佐丞くん?」

「いや! こっちの話!」

 一瞬「うわぁ、ハイリってやっぱり女の子……」だとか考えていることを見透かされたかと焦った。だなんて言えない。

「すごいじゃん」と半分ごまかして呟いた。

「えへへっ、まだ練習生なんだけどね! これだよ!」

 そう言って、ハイリはmaiden公式サイトが映された画面を俺に向けた。どれどれ、と顔を近付ける。見るとそこにはハイリの顔写真と、簡単なプロフィールが掲載されていた。

名前

篤鉄ハイリ

フリガナ

あつがね はいり

生年月日

’28/4/13

星座

牡羊座

出身地

田宮市

趣味

読書・心理テスト・たべること

特技

イントロクイズ・夢占い

血液型

O

あい言葉

はーい!(はいはい!)今日も元気にお返事よくできました!
はいりんだよ!

「おっふ」

 クリティカルヒット。俺は思わず胃のあたりをさすった。

 言いたいことは山ほどあるが。

 まず、ピンクのハートが目に痛い。そして、一番俺が気になったのは。

「はいりん……」

「なぁに?」

「いや、呼んでないから」

 思わず心の声が漏れた。

 当のハイリはキョトンとした様子で首を傾げてこちらを見ている。俺はため息を吐いて背もたれに体を預けた。

「はいりんって呼ばれてるのか……知らなかったな……」

「あぁ、これ?」ハイリは嬉しそうに画面を指差す。

「いつから呼ばれてるの?」「呼ばれた事ないよ?」

「え?」「自分で作ったあだ名だから」

「……」「………てへっ」

 えへへと笑うハイリに、俺はハイリにアイドルの気質と生粋のあざとさを感じたのだった。

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