貘
ハイリによれば、今は練習生という身分だが、3ヶ月後には一端 のメンバーとして活動を始め、10月には解散総選挙に出場するらしい。
maiden 解散総選挙。
maidenの所属ユニット全てが一旦解散となり、ファンによるメンバー人気投票をもって当選したメンバーでユニットを再結成する。文字通り“解散総選挙”だ。
当選はメンバーの上位10〜13%のみ。今回は現在登録されている115人のメンバーのうちの15人に選ばれなくてはならない。
前回は12人が当選。7人組のR-maiden 、通称R は前回の解散総選挙でメンバーの過半数が入れ替わったらしい。
一方のHR-maiden 、通称HR はメンバー5人全員が続投。2年連続、メンバー替えなしで女王として君臨している。
今回は15人当選予定。従って3人があぶれる。
という事は、上位3人、ないしはギリギリで当選したメンバー3人あたりから新しいユニットが作られるのだろうか。R、HR共にメンバー入れ替わりの可能性がある。なるほど。2年間王座を独走する5人組にメスが入る可能性もある、ということか。企画者も考えたな。
と、WEB上に上がっているデータの上部をさらった浅はかな情報だが、今の俺に必要な予備知識はこんなもんだろう。俺は手元で煽っていたスマホから顔を上げる。
「これ、新入生には厳しい戦いだな……」
俺が溢すと「そうなの?」と当の本人はピンと来ない顔でこちらを見ている。
これだから新人アイドルは。俺は新人マネージャーらしく、わざと深く溜め息を吐く。
「だって10月20日にやっとメンバーになるのに、その2ヶ月後には115人のうちの15人に選ばれないといけない。メンバー期間が2ヶ月しかない。練習生期間は広報も限られるだろうし、他のメンバーに差をつけられるんじゃないの?」
「でも……、15人も選ばれるよ? それに “しかない” んじゃなくて、2ヶ月 “も” あるんだよ」
「あのねぇ」「私頑張るもん」
膝に乗せた拳をギュッと握って、背筋を伸ばしてこちらを見るハイリ。俺は真剣な顔にぐっと黙り込んだ。
「出来ることはたくさんあるもん」
「……でも、」
「でもでも! 一人じゃ、出来ないことがたくさんあるから」ハイリが言って身を乗り出す。
「お願い……一緒に手伝って……」
近い近い、顔が近い。思わず「ぐぅ」の音がでる。
「ねぇ、佐丞くん……っ」
「うっ……うぅ〜〜、わ、わかったっ! 分かったからぁ! そんな目で見るなよぉ……」
まったく、これだからアイドルってやつは!
俺はハイリの肩を押し戻して、もう一度スマホに目線を戻す。
再び検索をかけてネットの波にダイブすると、どうやら前回の総投票数は12.6万票。投票用紙代わりのIDが付いた商品を購入して、IDを入手し投票する。
提携製菓会社のお菓子・飲料についてくるシールが対象で1IDにつき1票投票できるようだ。maidenのCDには1枚に付き5IDが付与されていて、バラで投票してもよし。1人に投票してもよし。ということらしい。
前回の投票1位は灰鹿野 澪 、16歳。元子役で色素の薄いシャドーブルーのボブが特徴の、通称「氷の女王」。ニックネームは「のみお」。
メンバー入りした2年前からメンバー人気ランキング首位をキープ。その魅力は圧倒的な歌唱力と透き通る歌声、そしてギャップ。ステージの上ではニコリとも笑わないそのクールさに反して、オフで見せるその可愛らしい表情。ダンスも華があって、こんなに完璧なアイドルがこの国にいていいのか。
だそうだ。
確かに、芸能に興味がなかった俺でも “のみお” というニックネームは知っていた。灰鹿野澪という本名は知らなかったな。
「のみお……」と俺がつぶやくと、ハイリが急に「のみおちゃん!」と呟いた。
「すごいよね! のみおちゃん、私も調べたよ」そう言いながらハイリが俺のスマホをひったくり、隣の空いている席を陣取った。
そして俺のスマホに何かを打ち込み「ほら!」とこちらに寄越してくる。
だから近いって。お前は大型犬か。
ハイリと画面を引き剥がして内容を確認すると、有名なネットニュース「0NEWS」が映し出されていた。タイトルは『ミオ、髪切ります』。2年前の記事だ。
内容は、のみおがmaidenに入る際に行った企画についてで、当時長かった髪を切り、その髪がオークションにかけられ4,250万円で落札されたという内容だった。もちろん物議を醸し、メディアに多く取り上げられる事となったらしい。
「すっげーな」思わずつぶやく。
「ね! すごいねぇ……。お金は震災復興金に寄付したらしいよ」
「マジか……」
広報のテクニシャンだ。さすが元子役。これは話題性も衝撃度もかなり強い。この事案のおかげで一気に “maidenの「のみお」” という名前が知れ渡ったに違いない。
スクロールしてコメント部分も確認する。
思った通り賛否両論。ちょっと的外れだけど好意的なコメントもあれば。一方で、ひどい言葉も並んでいた。
『まだ若いのにしっかりしてる』
『そんなに売名したいのかよ』
『髪にお金とかキモい』
『文字通り身体を売る女』
とかとかとか。
「なんでもいいから目立つのも重要ってか」「目立つ?」
「芸能界厳しすぎじゃね?」俺は呟いて天井を見上げる。
ハイリは一番辛かったあの時期に、唯一俺を見捨てず一緒にいてくれた大切な友達だ。マネージャーの真似事でも、ハイリの夢のために俺ができることならなんでもしてやりたいと思う。
でも、ハイリがアイドル活動をしていく中で、こんなにいろんな事を言われるなら。今のうちに、やめた方がいいと言うべきなんだろうか。
昔のことを思い出す。
『でかくて邪魔なんだけど』
『可愛くもないくせにキモ』
『ぶってんじゃねぇよ、死ねよ』
『このデブ』
あぁ、ダメだ。俺自身が耐えられない。俺の方が悲しくなる。
「まずは目立つことから始めればいいって事?」
悩む俺をよそにハイリはどこ吹く風らしく、首を傾げて俺を見つめる。
「悪目立ち以外でお願いしゃす」
「わるめだち?」
あぁ、なんだか。
「育成ゲームしてるみたいな気分になってきた」
俺の杞憂は続きそうだ。