TSUKINAMI project

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 それから、ハイリの行動は早かった。その日のうちに、みんな大好き140文字SNSのChirpのアカウントを作成し、日々の投稿を開始。10分でフォロワーは100人を突破した。

 さすが大型アイドルユニットメイデン。メンバーフォロー完コンプ勢が早速反応してフォローをかけているらしい。ネームバリューは凄まじい。

 ちなみに一番最初の投稿は、

篤鉄ハイリ(練習生)@maiden_HAIRIN・4月27日
初めまして!

10月初めからメンバーになりました。
あつがねハイリですヾ(*´∀`*)ノ
はいりんってよんでほしいですっ♡

趣味は心理テスト、夢占い(^ω^)
お返事、なかなか返せなくて
ごめんね (人・ω・`)

でもでも、全部読んでるので
これからも応援お願いします(๑·㉨·๑)♡
12 205

 だそうだった。彼女のあだ名は “はいりん” 。

 その響きに、暫く俺の胃の痛みは収まりそうにない。既にこの投稿には200good以上が付いていて、沢山のファンからのコメントも届いている。

『おーかわいい』
『頑張ってね〜応援してる(^ ^)』
『人への感謝を忘れずに励んでください』
『まぁ、キャラが立つまでが大変だと思うが頑張れよ』
『加工上手ですね( ^∀^)顔写真はなんの加工アプリ使ってます?』
『全身の写真見てみたいな』
『水着写真とかないの?』

「はぁ……」

 と、一通り読んで、俺は辟易として溜息をついた。水着写真ってなんだよ!

 というか。コメント全部が疑わしいし、偉そうだ。俺の性格が歪んでいるからそう感じるだけだと思いたいが。

 まだ始めたばかりなのに。既にアイドル、芸能界の厳しさを痛感していた。

 自分自身を売り物にするって大変なんだな。とはいえ。アイドルのマネージャー(仮)たる者、獣どもの波からアイドルを守り抜かなくてはならない。

 しっかりしなくては。さながら俺は騎士様 (エクィテス)なのだ。

 ゲームかよ。と、親友の一也にツッコまれそうだが、そうでも思っていないと、悩みの迷路に迷い込んでしまいそうだ。俺なんかがハイリのそばにいて、なにが出来るのか。悩み始めて迷っている自分もいるから。

 それでも。あの、ぽっちゃりハイリが「やりたい」と言った事を一緒に出来るのなら。

 まぁ “佐丞くんだけ” じゃなかったとしてもいいかな、と思えてしまう。当のハイリはといえば、然程コメントに対して神経質になっている様子もないらしい。

 全く関係ない俺の方が、慣れない視線や言葉に動揺している。考えてみれば全く恥ずかしい奴である。

 そんな俺の事を知ってか知らずか、ハイリは新人アイドルらしく、ダンスや歌のレッスンを受け始めたらしい。

 毎日届くハイリからの報告チャットを、俺は記録として表にまとめる事を日課として始めた。中学時代、PCどころかこどもスマホさえ持たせてもらえなかった俺が、今やPCでセル表を作っている。

 悔しさをバネにして、死ぬ物狂いで新聞配達と食器洗いのバイトで貯めたお金で購入したPCだ。

 鈍臭いと言われてはいたが、データ採集に関しては案外と性に合っていたらしい。

 細かく分析表を作ってすぐハイリに送ったら『すごい佐丞くん!』とお褒めの言葉を頂戴した。

 悪い気はしない。

 データ集計について、あーだ、こーだ話していたら、ハイリが唐突に『きいて!』とコメントを飛ばして来た。

 『運営からこんなのもらった!』というコメントの後ろに一枚の写真が貼り付けられている。

 赤い石が付いたネックレスの写真だ。

 白いカーペットの上に置かれている。

『練習生に配布されるパワーストーンなんだって!』

『ファンにも、誰にも教えちゃダメだよって言われたけど、佐丞くんならいいよね』

『あ! 佐丞くん他の人に言っちゃダメだよ!』

『秘密だよ?』

 必死か。

 言う相手もいねぇよ、と打とうとして指を止める。ふと親友のことを思い出した。人の口に戸は立てられないものだ。

『パワーストーンか何か?』と返事を返すと即行で返事が返ってきた。

『メイデンガーネットって言うんだって!』

『なんじゃそりゃ。そんなもんあんのか?』

『よくわかんない〜。 普通のガーネットに “メイデン” って名前付けただけなのかな?』

『なるほどね』

『これ、肌身離さずつけなさいって言われたー』

『へー』

 と、打ってから俺は首を傾げた。「肌身離さず付けろ」と言う割には「誰にも言うな」と言うのが少し引っかかった。

 中にGPSでも仕込んであるのか? それって本人の許可なしにやっていいことなのか? それとも、ナチュラルに “お祝いの品” ってことなんだろうか。

 そんな俺の疑問をよそに、ハイリは『明日は歌のレッスンなんだ〜』と打ち返してくる。

 GPSの件は言わないでおこう。今は、不安にさせるようなことを言わないのがマネージャー(仮)の務めのような気がした。

『そっか。頑張って。明日も応援してる』

 俺はそう画面に打ち込む。そのまま画面を閉じて傍にスマホを放り投げる。

 チャットに返事がついた音を聞きながら、俺はゆっくり目を閉じた。

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