TSUKINAMI project

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 そんなオレの元に例のおじさんがやってきたのは、事故から10日、オレの目が覚めて7日目の昼過ぎだった。

「初めまして」

 そう言って、オレの目の前に突如現れたそのおじさんは、究極的に胡散臭い格好をしていた。歳は30代後半くらいで、髪はナスのヘタみたいな形。真っ黒な背広を着て、黒い手持ちかばんを持っていた。

 誰。

 そう思ったけれど、咄嗟に声が出なかった。

 驚きと疑いで動けなくなっているオレをよそに、おじさんは勝手に奥からパイプ椅子を引っ張り出してきてオレが寝ているベッドの横を陣取った。そのまま名刺を押し付けられて、オレは仕方なく受け取るしかなかった。

『国家緊急対策委員会』と名刺には書いてあった。けれど、何の対策だか見当もつかないし、自分に何の関係があるのかもわからなくてオレはひどく混乱した。

「行政から派遣された君の身元引き受け代理人の東藤です。君が暁星 (あけぼし)一也 (かずや)君だね」

 はい、と一応返事をした。

 身元引き受け代理人。突然目の前に現れたおじさんが行政の人間であろうことは、名刺を受け取る前からなんとなく想像していた。自分が身寄りのない未成年で、支援が必要な存在として世間で認識されているであろうことは重々理解していたから。

 それでも、疑わしいところもたくさんあった。表向きは唯一の肉親の安否がまだ不明で、死んだと決まったわけじゃない。それに『国家緊急対策委員会』なんていう、聞いたこともない、けれど大袈裟そうな組織に属している人が、オレに用があるなんて、何の要件なのか全く見当がつかなかった。

「突然で驚かせて申し訳ない」そう言うおじさんに、今度は「はぁ」と声を漏らすことしかできなかった。

 落としていた目線を上げるついでに睨んだら目が合った。思いの外、真剣な顔をしていた。

「君は賢い子だね」そう、おじさんが、多分優しく笑った。

「単刀直入に言おう。君は国の危険因子だ。よって、君を国の観察下に置くことになった」

 何が、と言おうとしたら、オレの腕におじさんの手が添えられて遮られた。

「突飛だとは思うけれども、どうか最後まで聞いて欲しい」

 そう言われても、とも言おうと思って少し口を開いた。けれど、同じ事の繰り返しな気がして、黙り込む。

 オレが怪訝な顔をすると、おじさんは鞄から綺麗にファイリングされた書類を取り出して続けた。

「君は人類の危機を救う事ができる、或いは人類を滅ぼす可能性のある存在だ。君の治療の際に行われた検査診断の結果、君にはある能力があると分かった。君がその能力を保持していると分かった以上、君を野放しにしておくことは出来ない。

 君には選択権がある。君の能力について詳しい説明を聞き、戸籍を捨て、国を守る為に私達に協力をするか。詳しい説明を省き、国の監視下で普通の生活を送るか。今から24時間以内に決定し、私に知らせて欲しい」

 呆気にとられる。言葉が耳をすり抜けるみたいに、意味が全く捉えられなかった。きっとひどい顔をしていたんだと思う。おじさんが申し訳なさそうにオレに言った。

「おじさんも雇われの身でね、申し訳ない」

 オレは眉間にシワを寄せながら下を向いて考え込んだ。

 申し訳なさそうな顔をするおじさんは、やっぱり胡散臭くて。むしろオレを試しているんじゃないだろうかとさえ思えた。

 それに、おじさんの説明は、おじさんが言う通り突飛すぎて、いくら頭を回転させてもオレには理解できなかった。

「能力」「人類を滅ぼす」「戸籍を捨てて」「国を守る」

 さっぱりわからない。ただ、何か途方も無い、訳のわからないことに巻き込まれようとしていることだけはわかる。

 どんどん気持ちが落ち込んで、イライラしてくる。目頭に熱が溜まる。こんなに悲しい気持ちで、辛くて、必死なのに。それなのに、どうしてこんなに訳のわからないことに巻き込まれなくちゃいけないんだ。

 オレは黙り込んで奥歯を噛みしめた。そうして混乱した頭の奥からこみ上げてくるイラつきや、どうしようもない悲しみと涙を努めて押し込んだ。

「何言ってるのかよく分からないんですけど。何かのドッキリ?」オレはやっとの気持ちでそう言った。

「残念ながらドッキリじゃない」

「証拠は?」

「申し訳ないけど、今君に見せられるものは何もない」

 そう眉尻を下げるおじさんに、オレは震える唇を誤魔化してふーんと相槌を打って下を向いた。

「それならもう一度、説明して」

「さっきの話かい?」

「そうです」

「さっきと同じ説明になるけれど、いいかな?」

「それでもいいです」オレが睨むと、おじさんは口を少しだけ緩めてオレの顔を覗き込んだ。

「君の治療の際に行われた検査診断の結果、君にはある特定の能力があると分かった。君は……この国にとっての希望だ。だから、ぜひ私たちに協力してほしい。

 ただ、君の力は強すぎる。もし君が君自身の能力を理解しないまま今まで通り暮らすという事になれば、いつ大きな事態が発生するかわからない。だから、緊急時しかるべき対処を施せるよう、私たちは国を守るために君を監視させてもらうことになる。……申し訳ないけれどね。

 君には選択権がある。君の能力について詳しい説明を聞き、戸籍を捨て、国を守る為に私達に協力をするか。詳しい説明を省き、国の監視下で普通の生活を送るか。今から24時間以内に決定し、私に知らせて欲しい」

 おじさんは言って、足を組んでオレの方を見た。

「追加事項として。24時間以内であれば、いつでも機密に触れない程度の質問には答えるよ」

 オレは顔を上げておじさんを見る。

 おじさんの様子を見ると、オレをじっと見つめたまま動かない。答えを待っているみたいに。または、答えは決まっているだろうとでも言うように。

 何かオレが言うまで、何も先に進まないのはすぐに分かった。

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