鴉
「……能力って?」
オレが声を絞り出すと、おじさんは困った顔をした。オレは途端に不安になって言葉を継いだ。
「っ…………ビルの爆発は、オレの能力のせい?」
オレの言葉におじさんは驚いた顔をしてから、すぐにゆっくり首を横に振った。
オレの声が少し震えていたからだと思う。おじさんはオレを安心させるように「そんなことないよ」と優しく呟いてから、今度は眉間に力を入れて、オレのことを真剣な顔で覗き込んだ。
「能力の詳細については、君が協力をしてくれると決意したなら話そう。けれど……、決して、ビルの爆発事故は君のせいじゃない。報道の通り、建築設備の不具合による不慮の事故だ。君の能力とは関係ないよ」
オレは少しホッとして、肩の力が抜けるのを感じた。思っていたよりも、緊張していたみたいだ、と他人事のように思う。
さっきよりも出るようになった声で、オレはおじさんに改めて尋ねた。
「じゃあ……、オレが協力しないって言ったら?」
「申し訳ないけれど、君を24時間監視することになる」
「トイレまで監視されるってことっすか?」
「君の一般的な生活に口出しをしないことは約束できる。けれど、想像できる範囲の事は全て国に把握されると思ってもらって構わない。監視方法は機密事項だ。聞かれても、答えることはできない」
「……なにそれ。なんにも……、よくわかんないんだけど……」
「申し訳ない」おじさんは空笑いをした。
納得がいかなくてオレは眉間にシワを寄せる。それから少し黙って、かろうじて聞き取れた単語を必死に思い出す。
そして、言葉を確かめるようにゆっくり尋ねた。
「戸籍を捨てる、って言うのは……具体的にどう言うこと?」
「暁星一也という人間がこの世から居なくなる。君は誰でもない誰かになる。わかりやすく言えば、私達以外の人間が君自身を探し出すことは非常に困難になるという事だよ」
「……そう」
「協力してもらえるなら生活の全てやそれにかかる金銭については、こちらが一生の面倒を見るから安心して欲しい。……より具体的に言えば、こちらが用意した偽名で生活をし、こちらで指定する学校に通ってもらう。大学まで通って貰うつもりだ」
「普通に生活は送るってこと?」
「 “君の姿をした君ではない誰か” が普通に生活を送っていることになる。そして、君には申し訳ないけれど、学校へ行きながらこちらが用意した場所で働いてもらう事になる。いわゆるバイトといったところだね。大学を卒業した後は、バイトから正社員になってもらう。協力して欲しいというのはこの仕事のことだよ。
この仕事、というのが、もしかしたら君が一番知りたがっている本題だと思うけれど……。この内容は機密事項だ。詳細を伝えることはできない」
「……」
押し黙ったオレに、おじさんは優しい顔をした。
「仕事の内容について、YES or NOならギリギリまで答えられるよ」
じゃあ、とオレは呟く。
「みんな知ってる仕事?」「NO」
「仲間はいる?」「YES」
「勉強は必要?」「YES。教材はすべて用意するから安心して欲しい」
「大変?」「申し訳ないけど、おそらくYES。その分君に不要な苦労はさせない」
「肉体労働?」「半分YES」
「楽しい?」「うーん。主観的な問題だからね、これはなんとも言えないな」
「やりがいはある?」「YES。君にしかできない。人助けだと思って欲しい」
「軍事的なこと?」「機密事項だ」
「危険な仕事?」「悪いけどYES」
「…………死ぬこともある?」「これも……、悪いけどYES」
「あ、…………そういう」
オレはため息をついて傍によけていた枕を抱きかかえた。
そういう、とわかったフリをしたけれど、正直なんにもわかっちゃいなかった。さっきより理解が深まった点といえば、望んでいた死が近くにやってきた事ぐらいだった。
生きていたって、きっといつか苦しくなって死にたくなるに決まってる。それに、生きる意味を見つける気力もない。これからだってきっと、絶対そうに違いない。
まるで最初から全部計画されていたんじゃないかと思えるほど。こんなことってあるんだ、と。オレは諦めの気持ちでいっぱいになった。
オレは息を深く吐いてから目を閉じる。
おそらく。人はこれを “運命” というんだ。
なんて不甲斐ないんだろう。
「どうぞ」
オレは小さい声で呟いた。
「オレの事は、好きに使えば」
オレが続けて言うと、おじさんは少し間を置いてから「そうか」と小さく低い声で言った。
「協力してくれる、ということでいいんだね?」今度は優しい声だった。
「うん」
オレは返事をして下を向いた。適当な返事だったと思う。心を押し殺すのに必死だったからだ。
いいも何も。答えなんか、最初から決まってるじゃないか。
分かってる。身寄りのないオレがどうしようもできないことも、悲しみに支配されそうなオレに縋れるものを与えて協力させようとしているのも、自暴自棄なオレに漬け込んでいるのも。全部分かりきった事だ。
それでも。分かっているけれど。
絶望感から逃げ出せるなら、なんでも良かったんだ。
全ての気持ちがない混ぜになったこの感情を、オレは言葉にできるほど大人ではなかった。