鴉
それからオレはおじさんに連れられて、あの日ぶりにカフェへ向かっていた。
「今日から、あそこで生活してもらう。彼らとの共同生活だよ」
そうおじさんに言われて、オレは少し緊張を覚えて「わかりました」と返事を返した。
おじさん曰く、オレが嫌がるようなら、少しの間だけ違う場所で過ごしてもらう準備もしていた、ということらしい。そんなことを言われたら、なおさら緊張するじゃないか。
オレは小さく息を吐いて下を向いた。
本当に、自分に能力なんてあるんだろうか。もし能力がなかったらどうしよう。共同生活、ということは、琉央さんや魁さんと同じ部屋で生活するんだろうか。また迷惑をかけたらどうしよう。
悶々と考え込むオレをよそに、車はあっという間に目的地に辿り着いた。
おじさんと一緒に、あの日と同じようにカフェに入る。そして、すぐに厨房から出てきた魁さんが「待ってたよ、一也」と笑顔で迎えてくれた。
それから、あの日と同じように紅茶を出してくれて、魁さんも目の前に座って「おかえり」と改めてにっこりと微笑んでくれた。
「背中の具合はどう?」魁さんが言った。
「だいぶ良くなりました」オレは答えてから紅茶を口に含む。
おいしい。ホッとする味だ。肩の力が抜けるのを感じる。いつの間にか、肩にものすごく力が入っていたみたいだ。
そんなオレの様子を見たらしい魁さんは、安心したように「よかった〜」と呟いた。
「これからは、俺たちに何でも聞いてね。今日からはここで一緒に生活する事になるし、おっちゃんとは、もうあまり会えなくなると思うから……」
「はい」
「改めてよろしくね、一也」
言って、魁さんがオレに手を伸ばした。オレは背筋を伸ばして「はい」と手を握る。すると、その様子を見ていたおじさんが横からそっとオレに呟いた。
「安心していい。こいつらは面倒見がいいからね。見た目に反して」
「ちょっと、おっちゃん! なにその “見た目に反して” って」
「君が一番該当すると思うけれどね」
「はぁ?」
二人のやりとりに、オレは思わず小さく笑う。すると、魁さんがこちらをチラッと見て、安心したように目を細めた。
「あんなことあったからさ……」
魁さんが呟いてから、オレの手から手を離して、今度は目の前にあったティーカップを両手で持ち上げた。
「もう来てくれないかと思ったよぉ……」
「そんな、たいしたことないです」オレは間髪入れずに魁さんにそう返した。
確かに。ここに来るまで漠然とした不安もあったし、心細かった。けれど、それはあの出来事のせいじゃない。
隣に座っていたおじさんが「そうだね」と口を開いた。
「おじさんも、ああなるとは思ってもいなかったからね」
「だよね〜」魁さんがへらへらと呆れたように笑う。
「普段はあんな人……だったわ」
「あんな人 じゃない、と否定しきれない部分は、まぁあるね」
「それ〜。シュンちゃんウチ とヨソ で差が激しいんだよね」
オレは眉間にシワを寄せて考え込む。
やっぱりあの人は不思議な人だ。あの時のことを思い出しながら、紅茶を啜る。
オレの首を締めて殺そうとした時の人形のような顔と、オレに心底申し訳なさそうに謝る、叱られた犬みたいな顔が交互に浮かぶ。
どっちが本当のあの人なんだろう。
もしくは、どちらもあの人自身なんだろうか。それとも、どっちもあの人ではないのかも。
考える程、恐らく、オレは興味深くて。あの人が、どんな人なのかもう少し聞きたかった。
「瀧源さん、でしたっけ」
オレが魁さんに向かって尋ねると、魁さんは「そうそう〜」と頷いた。
「瀧源シュン。あんなんだけど、うちのリーダーなんだよ〜。任務帰りで気が立ってたみたいだから、許してあげてね」
「任務帰り?」
「えっと〜……、なんだっけ……。あ、琉央くん曰く、“ゾンビ系FPS” ね! それから帰ってきたばっかりだったから。気が立ってたんだよ……」
オレは首を傾げて考え込む。そういえば、琉央さんは『ある物質の殲滅』がオレ達の仕事だと言っていた。もしかして、本当にゲームの中みたいに、その物質に触れたらゾンビになる、というファンタジーがこの世に存在しているんだろうか。
ゾンビに襲われながら、その物質を殲滅する。そんなゲームみたいなことを、これからオレはするんだろうか。
オレがあんまりにも考え込んでいたからだと思う。魁さんが少し焦ったように声を上げた。
「さすがに、初っ端から一也に危ないことはさせないよ!? 俺たちが守るから安心してね?」
そして魁さんは「ちゃんと説明するから待ってね」とも付け加えて、ため息をついた。
「でも、シュンちゃん……、うちのリーダーは一番この仕事が長いからさ。一人で危ない現場に飛んでっちゃうんだよねぇ……。本当はチームで任務に向かうのが原則なんだけどさぁ〜」
心底困ったような表情の魁さんに、おじさんも「本当に困ったもんだ」と呟いた。
「なんでも一人で抱え込むからね」
「マジそれ〜〜〜〜! でも、無理してボロボロになっても、大丈夫しか言わないし、心配しても聞く耳持たないんだもん!」
「ははは、難儀だな」
「笑い事じゃないよおっちゃん!」
そう言った魁さんは紅茶を一気に流し込むと、少し乱暴にカップをソーサーに戻しておもむろに立ち上がった。
「おっちゃん、今日急いでるんじゃないの? もうお昼になるよ〜」
「そうだね」そう言って、横にいたおじさんも立ち上がる。
「おじさんはこれで失礼するよ。電話やメールではお世話になるとは思うけど。今度ここに来る時は、新人を連れてくる時かな」
「だといいね〜」魁さんがケラケラと笑う。
「一也のことは任せてよ」
「あぁ、よろしく頼むよ」
言いながらドアに向かっていくおじさんを、オレも椅子から立ち上がって見送る。
「またね、一也くん」
「はい。お世話になりました」
オレが言うと、おじさんは振り返らずに手を振った。