鴉
息を薄く吐いて少し身構える。
オレが真剣に魁さんを眺めていたら、魁さんが少し考えた顔をしながら「あー……」とバツが悪そうに手を頭の後ろに回した。
「えっと……恥ずかしいんだけどさ」
「え?」
「いや、真剣にやんなくていいって意味じゃなくて。その…………、俺のこと “魁” って呼び捨てにしてくれていいし、敬語じゃなくていいよ。さん付けとかさ。慣れなくて……照れちゃうんだよね。ほら、今まで下っ端だったから」
オレは、きょとんとする。まさかそんな事を言われるとは思わなかった。
気を張らなくていいと、そう遠回しにオレを傷付けないように言ってくれているんだと思った。
でも、オレは思い直す。甘えちゃいけない。会ったばかりの他人に、不用意に寄り掛かってはいけない。だって。優しくしてくれたことを頼りにしてしまったら。オレはもっと甘えてしまう。
そして、安心を求めていたはずなのに、逆に安心から離されていく。
依存しそうだ。
オレは唇を噛んで魁さんを見つめかえす。
魁さんと目があう。
躑躅色 の目が、真剣さを浮かべているのが見える。照れ笑いの中に見えた真剣さが、オレには少し怖かった。
魁さんは黙ったまま、オレのことをじっと見つめている。オレも見つめ返す。しばらく無言のまま。
茶化されている様子はない。けれど、魁さんの本心は読み取れない。ただ魁さんはオレが何か言わなければ、口を開く気配はなさそうだった。
オレはため息を吐く。
なんでこんなに優しいんだろう。それとも、“本当に照れちゃうから” なんだろうか。でも、こんな些細なこと真剣になる場面でもない気がする。
そもそもここは“機密組織”なんだから。“そういう優しさ” とか、馴れ合いって、不要なんじゃないのか。
だって、オレは。そういう感情的なしがらみや、他人の幸せを感じさせる場所からから遠ざかって、一生懸命感情から逃れようと思っていたのに。自分を酷い目に合わせれば、感情そのものも忘れられると思っていたのに。
そうはさせないとばかりに。魁さんの真剣な顔は、オレのそんな気持ちを全部わかっているみたいだ。感情を捨てさせない、むしろ繋ぎ止めるみたいに。
オレは魁さんを見る。魁さんは、相変わらず真剣だけど穏やかな顔でオレを見ていた。
というか。こんなに間があいて。ここで「嫌です」なんて、なんだか言い辛いじゃないか。
「…………わかった……魁、くん」
オレが諦め気味に呟くと、魁さん、もとい、魁君は「よしよし、上出来〜」と心底嬉しそうに笑う。
そして「一也とは歳近いし仲良くしたいもん」とパタパタと小鳥みたいに腕を振った。
どういうつもりなんだろう。オレは思いながら、自分の頭の中で巻き起こっていた利己的な思考に恥ずかしくなって、眉間にシワを寄せた。
魁さん、もとい魁君は、口だけじゃなくて動作も豊かな人だな、と心底思う。さっきまであんなに怖く感じたのに。今はすっかり明るい表情に戻っていた。
調子が狂う、というか。オレの場合は、引き戻される、の方が正しいのかも。
「おけまる〜」魁君が呟く。
「琉央くんが車出して待ってるから、行こうか」
琉央さんも居るのか、と思い出したところで「あの」と思わず口をついた。
「瀧源さんは?」
「シュンちゃん?」
意外そうな顔をする魁君を見て、余計なことを言ったかも、とオレは後悔しつつ「うん」と頷く。
「シュンちゃんは探せば会えると思うよ。別の仕事で先に行ってるから」
魁君の言葉に「そっか」と言うと、魁君が間髪入れずに「なんか用事?」と尋ねてくる。
オレが吃っていると、魁君が「あー!」と思い出した様に笑う。
「もしかして文句!? 一緒に行ってあげようか! シュンちゃん超ひどい事したもんね〜!」
「いや……何というか」
「うん?」
「何してるんだろうって……単純に、気になって」
オレが思ったことをそのまま口に出すと、魁君は「……ほ〜ん。なるほどね〜〜」と心底納得したような表情で呟いた。
やっぱり、魁君はよくわからない。納得することがあっただろうか。不思議な人だ。結局、オレは面倒になってそのまま黙り込むしかなかった。