鴉
厨房まで戻って勝手口を出ると、琉央さんの出してくれた黒いミニバンが縁石の前に停まっていた。
オレは2列目の席に乗り込んで、黒いツルツルしたシートに身体を沈める。助手席に乗り込んだ魁君と運転席の琉央さんが何か話をしていたけれど、オレにはよく分からなくて、窓に寄りかかって黙って外を眺める。
大通りに立ち並ぶビルの隙間から青い空と太陽が見えて、車の動きに合わせて影が動き始める。
オレが変わっても、世界の様子や現象は変わらないんだな。そう、なんだか不思議な気分になる。
そのまま。大通りを走って10分くらい。地下鉄の駅と一体型の商業施設が見えて来た。車はそこに併設された地下駐車場に入って行く。
進んだ先、奥に『搬入口につき関係者以外立入禁止』と書かれた大きな可動式バリケードが見えてきた。黄色と黒で斜線が入っているやつだ。車はそこに真っ直ぐと進んで停車する。
運転席の琉央さんが、首に下げていた認証用らしいカードに手を伸ばすのが見える。バリケードの傍に立っている警護小屋の窓から、痩せ気味の警備員のおじさんが顔を覗かせた。
「にいちゃん、久しぶりだね」
しわがれた声で、無精髭が生えた口元をニンマリと歪ませる。
「いつもどうも」
琉央さんが言って、カードを差し出した。
「今日はどんな用事だ?」
「野暮用ですよ」
「いつもそれだなぁ〜」
おじさんは言いながらカードをリーダーに慣れた手つきでかざして、そのまま琉央さんに返す。
琉央さんが他人と普通に会話をしている。ちょっと意外だ。失礼だと思いながらもオレは不思議そうにその様子を眺める。
おじさんの言葉に琉央さんは面倒くさそうに頷いている。
そもそも、琉央さんっていくつなんだろうか。瀧源さんとおそらく仲が良く見えるし、魁君より年上のように見えるけど。
「どうも」
琉央さんが言って車を発進させる。その反動で体がもう一度シートに強く吸い付けられた。
「いってっ……」
無意識に前に乗り出していたらしい。ぶつけた背中が火傷の跡のせいで痛かった。
オレはため息を吐いて、またおとなしく外を眺める。
ゲートを通過した先、そこは広くて薄暗い空間で、トラックがたくさん停まっていた。搬入出用スペースらしい。
車はその端を通り過ぎて、その奥にある、車が二台すれ違うのがギリギリな細い通路に入った。
少し進むと、少し広い空間がまた見えてくる。鉄筋コンクリートの地下立体駐車場みたいな場所だ。けれど、車は一台も停まっていなくて、奥に機械式の立体駐車場の入り口らしき、鉄の円板が埋め込まれた一角が見えた。
オレがぼさっとしていたら助手席から魁君がこちらに顔を覗かせた。
「そろそろ降りるよカズ」
はい、とオレは答えて腕時計をさする。車が止まる気配を感じて、直ぐに車を降りた。
「こんなところに研究室があるの?」
「驚いたでしょう?」
言いながら降りてきた魁君にオレは「うん」と頷く。
「ショッピングセンターの中にあるの?」
尋ねると、魁くんはまたもったいぶるようにえへへっと笑った。
「中にはないよ」
オレが首を傾げていたら、立体駐車場に車を入れ終わった琉央さんがこちらに歩いてきた。
「そのうち分かる。行こう」
そう呟く琉央さんに、オレは唇をぎゅっと結んで仕方なくついて行く。
空間を真っ直ぐ突っ切きる。その先、柱の陰に隠れた非常階段の入り口らしき白い扉の前で二人は立ち止まった。
琉央さんがカードキーをかざしてその扉を開ける。
入ると、床も壁も全部白い、何もない部屋だった。オレは辺りを見回しながら後ろ手でドアを閉める。
その様子を見届けた琉央さんが、部屋の奥にあった、入ってきた側の反対にあるドアのノブに手を掛ける。それからドアの真ん中あたりにもう一方の手をかざした。
途端、琉央さんの手をかざした辺りが丸く光って、次にはコピー機のスキャンみたいに横長の光が琉央さんの手をゆっくりなぞった。
少しして光が消えて、琉央さんが手をのける。ガチャっと鍵の開く音がした。
琉央さんがゆっくりドアを開く。
すごい。オレは興味深くて思わずドアを観察する。重そうで、かなり頑丈そうに見える。
こちらから見た感じはただの白い薄そうなドアだったけれど。
開かれた様子を見るに、とてつもなく分厚いし、ドアの反対は光沢がある金属板が剥き出しでかなりゴツい見た目をしていた。
ハイテクだ。オレも恐る恐る先を進む二人に続く。
中はまた小さめの、今度はコンクリート打ちっぱなしの部屋だった。
けれどさっきと違って、部屋の天井に監視カメラがたくさん付いていて、壁にも何かしらのセンサーが埋め込まれている様な穴が沢山見えた。
奥にエレベーターのドアがある。
そわそわして魁君の近くに寄ると、魁君はそれに気が付いたみたいに少し笑った。けれど何も言わず、魁君は琉央さんに続いて進んでいく。
オレもそれに続いて、到着したエレベーターに乗り込んだ。床はグレーで、壁と天井は白い。大型の機材も運べそうな広めのエレベーターだ。
ドアが閉まって、思わず上を見上げる。階数表示はなかった。けれど、身体の感覚としては、どうやら地下へ進んでいるらしい。
オレがキョロキョロしていると、魁君が隣で、今度は声を上げてくすくすと笑うのが聞こえて、そちらを見ると「驚いたでしょ?」とまた笑われた。