鴉
「よくわかったね」
琉央さんが微かに笑う。
「……真ん中に写ってるのは?」
「シュンの前の相棒」
「相棒なんていたの」
「いたよ。ただ、一也がここにくる前に殉職した」
「っ………そう、なんだ」
殉職。オレはその言葉に息を飲んで、また写真に目を落とす。
その人を挟んで、右側に瀧源さん、左側に琉央さんが写っている。琉央さんは今より少し襟足が長い。そして瀧源さんは、満面の笑みで相棒に寄りかかって、今よりも遥かに子供に見えた。
「瀧源さん、幼い」
「いつも零樹 さ……その相棒にくっついて歩いて。鳥の雛みたいだったよ」
「へぇ……」
オレは『零樹さん』と呼ばれた人に視線を移す。どことなく、この顔をどこかで見たことがようなある気がした。
「似てるんだよ」と琉央さんが言う。
「一也に、その……零樹さんが」
「……そう?」
「似てる。表情、仕草、趣味趣向、特徴が」
「へぇ……」
ふと視界に入ったバックミラーで、写真の中の零樹さんと同じ角度で自分の顔を写してみる。
確かに、髪を少し伸ばしたら結構似ている気がした。見たことがあるような気がしたのは、おそらく自分だったらしい。
「でも」琉央さんが呟く。
「声が、特に似てるんだよ」
「声?」
「瓜二つなんだ。聞けば聞くほど」
「ふぅん……」
オレは黙り込んで写真をまじまじと見つめる。誰かに声が似てるなんて初めて言われた。そもそも、自分の声を意識して話した事なんて一度もなかった。
「だから」と、琉央さんは考えるようにぽつりと呟いた。
「アイツも……心中複雑なんだ。おそらく。君と零樹さんが似ているから。アイツの気持ちは、僕には到底分かりかねるが」
「……そう」
「そう」
琉央さんはそう呟いたきり。そのまま、暫く何も言わなかった。
オレは外を眺めながらぼうっと考え事をする。
確かに。
死んでしまった、大切な人にそっくりな人が、正にその人 の代わりとして目の前に現れたら。
かなり動揺するんだろうな。遠く霞んだ思考回路で想像する。
死んだ母さんにそっくりな人が、母さんの代わりとして目の前に現れたら?
似ている表情でオレを見つめて。似ている仕草で手を握って。似ている声で「一也」と呼ばれたら?
ダメだ。涙が出そうだ。耐えられない。
オレは考えるのをやめて外を眺めることに集中する。
夕暮れに染まる高速道路の防音壁が涙で霞んで見える。オレはそっと、涙を溢さないように目を閉じる。
瀧源さんにとって、きっと零樹さんはかけがえの無い存在だったんだろうな。
あの様子だと、きっと随分早くからこの組織にいるんだろうし。長い時間、一緒にいたなら。きっと一層。
似ている。なのに全くの別人が目の前にやって来たら。
嫌だな。
代わりがオレなんかじゃ。尚更、嫌だろうな。代わりになれるわけがない。
オレは深くため息を吐いて、目を開く。まだ視界がぼやけていた。
視線だけ写真に向ける。零樹さんも歪んで見える。感傷的な気持ちだからか、また涙が出そうになる。
ズルいな、と。心底思う。隣にいる満面の笑みの瀧源さんが、やっぱり驚くほど幼くて。
悔しい。
オレはまた窓に寄りかかって外を眺める。
高速道路の防音壁の隙間から赤焼けた空と赤い太陽が見えて、車の動きに合わせて光がチカチカ漏れる。
オレにいろんな変化が訪れても、やっぱり世界の様子や現象は変わらない。そう、なんだか不思議な気分になる。
暫く外を眺めていた。同じ景色の繰り返し。
そしてふと、あぁ、そうか、と納得する。
なんで、瀧源さんのことがあんなに気になっていたのか。分かった気がした。
似てるんだ。大切な人を失った気持ちを背負っているところが。
あの人の、本心の在りかを見失ったような目線が。オレが気持ちを隠している仕草に似ているから。
全部投げ出してしまいたいのに、そう出来ない悲しさを。あの人から何となく感じたのかも。
だから、怖いんだ。同じ気持ちを共有できてしまうから。オレの気持ちの奥底を覗かれた気分になるのかも。
納得して、もう一度写真を見る。
だけど、それを知っているからこそ。助けてあげたい。役に立ちたい。「オレもそうだよ」って言ってあげたい。
だからきっと、オレはあの人のことが、こんなにも気にかかるんだ。