鴉
俺の発言におろおろする一也をカフェの席に促して、俺も皿を並べて隣に座る。
シュンちゃんも後からやってきて、俺の斜め前に座った。
いただきます、と4人で手を合わせる。今まで3人だったから、4人で食事をするって、なんだか新鮮な感じがする。
それは琉央くんも思ったようで、琉央くんにしては珍しく一也に「何か飲む?」と尋ねていた。
俺もさりげなく一也を観察する。一也は、早速大皿に盛られたパスタに手を伸ばしていた。控えめに自分の皿に盛って、ゆっくり自分の口に運ぶ。
そして少し咀嚼して、驚いたようにシュンちゃんの方を向いた。
「……おいしい、です」
その言葉に、シュンちゃんが豆鉄砲食らった顔で「ほんとう?」と一也に聞き返す。
「はい。とっても」
「そっか。……なら嬉しい。よかった」
えへへ、とシュンちゃんが照れたようにふにゃっと笑う。
うわぁ、珍しい。
俺は驚いた顔をごまかしてサラダを口に運ぶ。こんな顔してるシュンちゃん、初めて見たかもしれない。
いつも褒めたって「そんな事ないよ」って謙遜したり「ありがとう」って言いながら困った顔をするくせに。お酒を飲んでるからなのか。それとも “零樹さんに似ている一也” に言われているからなのか。
もしかして。シュンちゃんは、自分がこうなる事が嫌で一也の事を避けていたのかな。
零樹さんと一緒に重ねた記憶を、似ている一也に重ねて、会ったばかりの一也をまるで零樹さんみたいに扱ってしまう。そして、それは相手のどちらにも失礼だって。そうシュンちゃんは思っているのかも。
でも、頭では分かっていても、ずっと昔から染み付いた感覚は、きっと自分の気付かない所で晒 け出されるものだから。
今している顔だって。シュンちゃん自身は、どんなに分かりやすい顔をしてるか、分かってないんだと思う。
そうなるだろうって予想は出来ていても。やめようと思っていても。いつも通りに振る舞おうとしても。そんなの無意味なんだろうな。
零樹さんと居ることが当たり前、というより、きっと “居ないとダメ” だったんだろうな。
俺が琉央くんに感じている気持ちと同じように。
お酒、飲ませないほうがよかったかな。
俺は複雑な気持ちでシュンちゃんと一也の様子を眺める。
シュンちゃんが持っていたワイングラスを置いて肘をつく。
「一也は好きなものはあるの?」
「好き嫌い、特にないです」
「そう」
「でも、瀧源さんの作るものは美味しいって、魁君から聞いたから。多分、瀧源さんの料理ならなんでも好きです」
一也の言葉にシュンちゃんが固まって黙り込む。そうして少し間を置いて「……シュンでいいよ」と一言呟いて、また柔らかく笑った。
「じゃあ、シュンさん」と言葉を続ける一也とそれに応える、見たことがないほど気の抜けたシュンちゃんの様子に、さすがの琉央くんも仰天したようで、わかりやすく動きが止まっていた。
『瀧源さんの料理ならなんでも好き』っていう決め台詞を素で言えちゃう一也も凄いけど。シュンちゃんのこんな安心したような、力が抜けた顔を初めて見た。
2年くらい一緒にいるけど。こんな顔するんだな。と言うか。一也とまともに話したのなんか初めてなはずなのに、一也の言葉はシュンちゃんの心にちゃんと響くんだ。
一也がご飯を食べる姿を、心底嬉しそうな顔で見つめるシュンちゃんの横顔が、俺は酷く悲しかった。
耐えられなくて、琉央くんをチラッと見る。無表情だ。きっと、羨ましいな、と思っているんだろうな。俺と同じで。
俺も琉央くんも、案外とシュンちゃんが好きだ。
それだからシュンちゃんの事をいつも心配しているし、力になりたいと思っている。でも、その気持ちが届いていないのも知っている。
シュンちゃんは、いつだっていろんな事を抱え込んで。背負い込んだものを預けてくれないから。
俺たちの力不足なんだろうな。多分。
でも。
寂しい気持ちでもう一度、微笑むシュンちゃんを見る。
一也と話す機会を作ることぐらいは出来たのかな。それくらいしか俺には出来ないけど。
俺は考えながら、グラスに残ったワインをぐっと飲み干した。