TSUKINAMI project

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「っ……」

 俺は思わず嘔吐 (えず)いて深く息を吐く。

 暑かった背中が一気に凍る。同調しようと努めなくても感じる。

 近い。さっきよりも強く、引き付けられる感覚を感じる。

 丹がいる。

 喉が焼ける感覚がする。オレが “アレルギー” だと思い出させる、この感覚。そして、恐怖とも期待ともつかないこの感情。

『おいで』

 そう誘って来る聲が切なくて。満たされる幻覚に、強く感情が引っ掻き回される。

 身体の芯が締め付けられて、その感覚に溺れたくなる。手が震えた。

 毎回毎回、慣れることなんてない。

 俺は、未だにこの体感 (・・)に見合う言葉を見つけられない。

 俺はこの全てから逃れたくて、腰に巻いていた上着を着込んで息を吐く。

 感じる。

 公園の真ん中に広場があったはずだ。

 多分そこに奴はいる。

 木に隠れながら、ハクくんと前進する。レンガが敷かれた道を足音を殺して進んだ。

 曲がった道を抜けて、ひらけた十字路のまでたどり着く。木陰の隙間から、そっと様子を窺った。10メートルくらい先。木々の影から赤黒い影が見えた。

 いた。

 でかい。2メートルはあるかも。

丹化第三形態 (たんかだいさんけいたい)ヒトガタ。『カイカイさん』だ。

 ゆらゆら揺れながら広場を徘徊している。

 俺は滴る汗を腕で拭って、双眼鏡を取り出して周囲を見渡す。

 あんなにでかい奴が歩き回ったら周りのものを破壊していてもおかしくないのに。

 電柱。生垣。公園樹。建造物。通路。

 粗方観察しても、周囲の損傷は見られない。痕跡もない。

 こんなところまで。あんな図体で、どうやってあいつはここまで入り込んだんだ。

 同調が届きにくい地下から出てきたなら色々と説明はつくのに。

 思案しながら双眼鏡をゆっくり動かす。周りに地下道の入り口や、あいつが収まりそうな大きな施設も見当たらない。

 他に考えうる経路はないのか。

 まさか、とふと思う。

 空から降ってきたのか?そんな。ありえない。

 双眼鏡から目線を外して腕時計を見る。深夜1時半。非行少年がほっつき歩いててもおかしくない時間だ。

 早急に撃破するのが先かな。

 ダメだ。心臓が煩い。

 俺は深く息を吸って、努めてゆっくり吐き出した。

「……とりあえず、デカくない?」

 小声でハクくんに尋ねる。

「そうだね」

 返事をするハクくんは、持ってきた拘束ワイヤーの仕込みを終えようとしていた。

 ワイヤーの端には大きなフックや地面に刺すペグが付いていて、中間あたりに長さを調節するワイヤーロックリールが付いている。

 これを目標に投げて捕捉する。と、簡単に言うけど。よくもこんなもの扱えるよね。と、俺は毎回感心する。敵を捕捉した時のワイヤーの重みは尋常じゃないし、そもそもワイヤーのフックを投げて敵に巻きつけるとか。

 ハクくんカウボーイじゃん。

 半分血が上った頭で失礼なことを考えていた俺に、気が付いたみたいにハクくんが少し険しい顔でこちらを向いた。

「出現経路は?」

「不明」

 俺が答えるとハクくんがふむ、と首を捻る。

「ファフロッキーズ現象かな?」

「なにそれ」

「空から不思議なもの、例えば魚が雨の如くたくさん降ってくる現象」

「いやなにそれ。丹が雨の如く降ってくるとか恐怖でしかないんですけど」

 俺はわざとらしく肩をすくめた。

「えぇ〜じゃあ、どうする? お上に報告する?」

「『歩いてたら襲われたから報告する間も無く反撃を行いました』」

「だよね〜」

 ハクくんのコメントに俺は笑って立ち上がった。

「シノにはさっき伝えた」

 ハクくんもそう言って、俺の後ろで立ち上がる。そして、ハクくんが俺の背中に両手を置いた。

「今日も頼む」

 そう言って、その両手で軽く背中を叩いてくれる。

 叩かれたところから、じんわり安心が広がって楽に呼吸ができるようになる。

 ハクくんと初めて任務に参加した時からこのルーティンは続いている。

 気休めだと思う。共鳴していなくても。こうして叩いてくれたところから、丹に引きずられた俺が、俺自身に帰ってくる。そんな気がするだけ。

 ハクくんの言葉を借りれば “プラシーボ効果” というやつだ。けれど、俺が「楽になる」と言った言葉を、ハクくんはずっと尊重し続けてくれている。

 そう。こういうところが、俺は時々寂しくなるんだ。

「行こう」

 ハクくんが言った。

「俺のリード、離さないでよね」

 俺も返事を返す。

「はいはい」

 ハクくんの返事を聞きながら、俺は足を踏み出した。

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