鴉
———————— ブンッ、と。
降ろされる腕の風圧を肌に感じた。そう思った。
けれど。間をおいても、予想していた衝撃は、俺の体に訪れなかった。
俺は視線を上に向ける。目の前に何かが立ち塞がっていた。風にはためく上着の裾が視界の端に見えた。
『琉央くん……っ』
声にならない聲で目の前のハクくんを呼んだ。
ジリジリと体重をかけて押し倒そうとする奴の身体を、ハクくんが必死に止めていた。
一瞬ハクくんが体を引く。そして思いっきり腕を振り上げて奴を突き飛ばした。
ゆっくり視線を上にあげる。上着が汚れている。背中から転んだのか。手にはトマホークが握られていて、場違いだけど少し笑った。
持って行かないって、言ったくせに。
ハクくんが腰にかけてあるワイヤーに手を掛ける。そのまま奴に向けてフックごと投げた。
奴が妙な動きでそれを避ける。
ハクくんがもう一本のワイヤーを投げようと腰に手を伸ばした。
その時だった。
———————— トトトトトトッ
奴の傍に落ちていた、俺が斬り落とした奴の腕がこちらに向かって突進してきた。
指の力だけで俺の方に向かってくる。
切り落としたその腕には血走った目が無数の目が付いていて、こちらをギョロッと睨んでいる。
ハクくんがそれに気付いて俺の方に振り返ろうとする。けれど本体の突進によってそれが阻まれた。
手だけであんなに動くなんて。ノーマークだった。
俺を完全に取り込もうとしてるのか。
この妖怪め!
俺は腰の拳銃に手を伸ばす。ダメだ。手が言うことを聞かない。
間に合わない。
———————— ビュン
風を切る音がした。
目の前まで迫ってきた奴の手に何かが、ガッ、と突き刺さった。
奴の手の動きが止まる。俺は目を凝らす。ボウガンの矢だ。手を貫通してそのまま地面に突き刺さっている。
もしかして。助けが来た?
その向こう側。ハクくんがワイヤーを投げるのが見えた。ワイヤーの一本が本体を捕捉する。
そして、もう一本のワイヤーを奴の胴体に引っ掛けて、二本の両端のペグを地面に突き刺してリールを作動させた。
ワイヤーが巻き取られて、奴はどんどん地面に突っ伏していく。
ハクくんが踵を返してこちらに駆け寄ってくる。
自分の音叉を噛みながら、俺の首に掛かった音叉を手に取る。それを自分の腕に叩いて柄を俺の顳顬 に当てた。
音が響く。心臓が自分の元に帰って来る。そんな気がする。
『魁、魁———————— 』
聲が聞こえる。
共鳴する。
ハクくんの聲だ。
途端に。
一瞬、夢から醒めたみたいに頭がクリアになって、次にはすっと意識が遠退いた。
「『しっかりしろ!』」
そう珍しく声を荒げるハクくんの顔が、俺の記憶の最後だった。