TSUKINAMI project

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 魁君が退院して3日。

 オレは空調がよく効いたカフェの大きなテーブルで、高校から出された夏休みの宿題を黙々と進めていた。自分の部屋でやってもいいんだけど、一人でやっているとサボりそうだし。ここに居ると魁君の淹れてくれる美味しい紅茶が飲めるから。

 そんな訳で、オレはよくここで勉強をするようになっていた。

 テーブルの反対側では、琉央さんがパソコンとよく分からない機械を横に並べて、何か作業をしている。ここに来てすぐの頃は、琉央さんのタイピングが速すぎて恐怖さえ感じたけど、今はその音が聞こえるとなんだか安心してしまう。

 魁君はといえば。

 気を失って倒れてたとは思えないほどピンピンしているし、病み上がりとは思えないほど活動的にてきぱきと動き回っていた。早々に自分の作業を終えたみたいで、今は手持ち無沙汰気味にスマホを弄っている。

 ここ3日間、オレは魁君のことがとてつもなく心配で「本当に大丈夫なの?」と何度も尋ね続けていた。

 けれど、あんまりにも聞きすぎて「もう! 一也『本当に大丈夫なの?』禁止!」と怒られてしまった。だから声には出さない。けど、やっぱりオレは魁君が心配でしょうがなかった。

 本当に大丈夫なのかな。と、オレはまた同じ言葉を心の中で呟いた。

 魁君を眺めながらオレがそんな風に考えていた時だった。

 オレの心配をヨソに、魁君が何かを思い立ったように軽やかにソファから立ち上がって、琉央さんの隣に座った。

 そして「ねぇ、琉央くん」と呟いた。

「そろそろカフェ開きたいって思わない?」

「君、あと10日間休養命令が出されているのは理解してる?」

「あんなのおやすみと一緒じゃん」

 オレは思わず「え」と声を上げた。

「カフェって、このカフェ? 本当にやってるの?」

「やってるやってる!」

 魁君が嬉しそうにこちらを向く。

「カモフラージュかと思ってた」とオレが言うと、魁君が愉快そうに「そうそう」と相槌を打った。

「もちろんカモフラも兼ねてるよ。兼ねてるけど〜……。あ、カズも興味出てきた感じ?」

「いや、興味って言うか……」

「あのねー、これがまたすごく人気のカフェなんですよ。ねぇ、琉央くん?」

「このご時世にホームページもなく、AI応答電話受付のみで表向きは完全予約制。それにしては、すぐ予約が埋まるから、まぁ人気と言えるんだろうね」

 琉央さんの言葉に、オレは「へぇ」と相槌を打つ。

「店員とか雇ってるの?」

「全部俺たちでやるんですね、これが」魁君が笑顔で言い放った。

「……機密組織がカフェとか開いてて平気なの?」

「そ・こ・は。ちゃんとした理由があるから大丈夫!」

「ちゃんとした理由?」

 自信満々な魁君にオレが聞き返すと、琉央さんがパソコンを傍に避けてオレの方を向いた。

「 “カフェごっこ” が許可されている理由は三つ。一つはカモフラージュの為。もう一つは情報収集の為。最後の一つは、メンバーの中で微かに活性している丹を他人との触れ合いにより抑制させ、心身をニュートラルな状態に戻す為」

 オレはよく分からなくて首を傾げる。その様子に魁君は「あのね」と笑った。

「最後のはね、簡単に言うと……俺たちって丹にめちゃくちゃ晒されてるじゃん? だから、時々自分が丹電子障害か健康なのか分からなくなる時があるワケ」

「え? オレ達、丹電子障害なの?」

「違う違う! 特に赤い遺伝子を持ってる……オレとシュンちゃんの事なんだけど。なんて言うのかな……時々、微かに丹電子障害になってるのに気付かないまま過ごしてる時あるんだよ。大袈裟に言うとね! つまり、風邪みたいな!」

「…………なるほど?」

「で、全く共鳴できない赤の他人と話す事で、俺人間だったわ、って思い出せる的な」

「……人にうつすと治るってやつ?」

「あはは、ウケる。うつしてる訳じゃないし、写したことはないんだけど〜……。本当に健康な人を見て、自分の不健康な部分が分かる、鏡みたいな?」

「ふぅん」

 やっぱりピンと来なくて、オレはもう一度首を傾げる。

「一也の気持ちは分かる」

 琉央さんが頷いた。

「僕も一也も、赤の言わば対である黒の遺伝子を持っているから、赤の遺伝子を持つ人間の気持ちに共感できないのは無理もない」

「そっか」

 そんなもんなのかな。そう自分の無知さにオレが納得しかけた時だった。「でもさ」と魁君が横から呟いた。

「お上からこのカフェ閉めろって言われた時、その共感できないコト (・・・・・・・・)論文にまとめて提出して、カフェ閉店を阻止したのは琉央くんだよ」

「え?」

「シュンに言われて、シュンと魁の体内の丹濃度を測定したものを提出した。無作為に選出した研究員を使い、微量の丹が体内で活性化している状態の両名と一定時間他愛もない会話をするように指示した。実験の結果、両名の体内で活性化されていた微量の丹が抑制され、またより多くの研究員と話すほどその効果が高まった。特に相談事をしている、深い会話をしている状態においてより強く抑制が起こり、また両名と普段接触が少なかった研究員の方がその効果が高かった。一方で研究員たちに丹電子障害の兆候は現れず————

「わぁ〜〜〜琉央くん話つまんない! 一也に捲し立てたらかわいそうだよぉ! 今北産業!」

 魁君の言葉に琉央さんは顔を少し顰めながら小さく息を吐く。っていうか “今北産業” ってなに?

「……両名がより多くの人間と話すと元気になる。感情的な理由で効果が無いと根拠なく言うのは理解できない。数字は嘘をつかない」

「わ〜、わかりやす〜い! さすが琉央くん〜」

 オレは二人の会話を聞きながら、首を傾げた。けれど、魁君が楽しそうなのだけはよく分かった。

「でもさぁ〜、シュンちゃんがカフェ楽しみにしてるの知ってたから無茶な実験したんでしょ〜?」

「無茶じゃない。ちゃんと僕が立ち会った。それに、楽しそうと言うのなら君の方が楽しそうだろう」

「え、それって俺のために論文仕上げてくれた的な?」

「そうだね」

「え〜〜超嬉しい〜さすが琉央くん! じゃあ、そんな楽しそうな俺の頼みだし、カフェ開けていいと思う?」

 魁君にそう振られた琉央さんは、はぁ、と面倒くさそうにまた小さくため息を吐く。そして、掛けていた赤い縁の眼鏡のブリッジを指で押し上げた。

「シュンがいいならいいんじゃない」

「うぇーい! きっとシュンちゃんなら良いよって言うと思うよ!」

 その様子を見て、琉央さんは魁君の事になるとやっぱりいい加減なんだな、と、オレは少し、いや、だいぶ呆れたのだった。

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