TSUKINAMI project

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「名前ってね、最大にして最短の呪術らしいよ」ツツジ君が言う。

「なにそれ」

(あやつ)りたい対象に “名前” を付けて操るのが、陰陽道 (おんみょうどう)における相手を操る呪術の方法なんだって」

「笑っちゃうよね」ツツジ君がそうとも言って、シンクに寄りかかって腕を組んだ。

「でもそれって、現代にあってもあながち間違いじゃないと思うんだよね。だって、自分と全く関係のない文字列が自分に充てがわれて、言葉としてそれを投げかけられただけで人が反応するんだよ? まさに、名前って “最短で最大の呪術” だよね」

 オレが首をかしげると、ツツジ君はあはは、と笑ってすぐに意地の悪い顔をした。

「つまり……」ツツジ君が言ってオレの顔を覗き込む。ツツジ君らしからぬ低い声だった。

「怖かった原因って……。()自身が使っているレン (・・)という名前が、本当の()に染み付きはじめてる証なんじゃない?」

 ドキッとする。お姉さんに「レン (・・)くん」と言われた時と同じように。

「名前を付けられて、呪術にハマった、操り人形みたいに。そんなんじゃ、すぐに他人 ()に操られるよ?」

「っ……」

「『ねぇ、レン (・・)くん』」

 途端、背筋が強張った。

 浅く息を吸って、目線を下に向けた。

 そうだ。本当の名前を呼ばれた気がしたのは。こうやって。まるで共鳴しているみたいに。オレの名前を呼ばれたから。

 ぞっとしたんだ。

 そうしてもう一度、我に帰る。

 オレは誰でもなかったこと。オレはレン (・・)じゃなかったこと。

 オレは “暁星一也” だったこと。

 あれは、共鳴じゃなかった。今だって、ツツジ君と共鳴した訳じゃない。多分、そのはずだ。

 思い出す。

 オレが社会とつながりを持つ時、オレはオレ以外の何者かとして “一時的に” そこに存在すること。

レン (・・)という名前は、オレの名前ではないこと。

『お前はもはや誰でもないのだから、それを忘れるな』と、思ったこと。

 考えれば考えるほど。オレの体はどんどん強張る。

 オレがあんまりにも緊張した顔だったんだと思う。ツツジ君が優しい顔に戻って「そんなに深刻にならなくても大丈夫だよ〜」と、いつも通りの声色で呟いた。

「でもね、外で使ってる名前に意識もってかれると、任務の時にボロが出るから。実はここ、そういう意識を訓練をする場所でもあったりして……」

「……すんません」

 オレが小さい声で返事をすると、ツツジ君は「謝んなくていいよ〜! 大丈夫だから」と、とびっきり可愛らしい声で慰めてくれた。

 まだまだオレは未熟だ。そう思って、オレは一層落ち込む。それに、この怖さの本当の原理が掴みきれなくて。それが心にこびりついていて離れなかった。

 オレは誰でもない。その感覚に慣れたと思っていたし、分かってるつもりだった。それなのに。本当は何も分かっていなかったのかも。そんな自分が悔しくて、オレは眉間にシワを寄せた。

「あはは、でもまぁ無理もないよね〜」

 ツツジ君が優しくオレの肩を叩く。

「『呪術として昔から伝わるこの感覚は、きっと誰でも、僕自身さえ抗いがたい』ってハク様も言ってた」

 あんまり似てないハクさんのモノマネをするツツジ君に「どう言うこと?」と言ってオレは顔を上げた。

「ちょー昔、天皇がまだ神様だった時代。その頃は科学なんてまだなかったじゃん? だから、科学って呪術 (・・)の一種だったワケだよ。それを宗教や哲学と混ぜて技術として体系化させたのが陰陽道なんだって」

「ふぅん」

「分かりやすく言うと、当時は “ばい菌” っていう概念がないから、消毒とか意味分からないじゃん? でもアルコール度数の高いお酒で手を清める、つまり消毒という呪術 (・・)を行うと何故か病気にならない! すごい! すばらしい呪術 (・・)だ! みたいな。その方法がまとめられたものが陰陽道だったんだよ」

「なるほど」

「だから、その呪術 (・・)の中の、人間の人智で解明できたものを科学 (・・)と呼んでいるだけであって。もしかしたらまだ解明できてない呪術 (・・)も物理法則に基づいて解明されたら科学 (・・)になっちゃうかも。って事は、名前を付けられたらその名前に自分自身の全てが引っ張られて心身が左右されていくっていうのは、心理学的要素なんかよりももっと複雑な、何かしらの物理的な法則があって、やっぱり抗い難い事案なのかも。……って、思ったりするらしいんだよ、ハクくんが」

「そっか」と、オレは曖昧な相槌を打つ。

 よく分からない。

 けれど、機密組織に入った時に戸籍を手放して、名前さえ自分以外の誰も分からないようにするというのは、もしかして陰陽道からすれば理にかなっているのかもしれないと思ったりする。

 それが科学であるのかは別として。

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