TSUKINAMI project

TSUKINAMI project

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 確かに “名前” というのはとても不思議だ。

 自分の意志から切り離された所で生まれた文字列が、自分の一部になって、それが社会との繋がりとして機能するのは。

 考えた事もなかったけれど。

 分からないから。余計、不気味で。やっぱり心底恐ろしい気分になる。

「よくよく考えるとさ」ツツジ君が明るい声で言う。

「俺たちって、陰陽師に似てると思わない?」

「陰陽師?」オレが聞き返すと、ツツジ君が「そうそう」と頷いた。

「お上のために働くし。“同調” とか “共鳴” って、実際にあるのに、俺たちしか理解できない力だし」

「……うん」

「あと、共鳴できる人って、どう言うわけか “勘がいい” らしいんだよね。だから占いも得意だしよく当たる。ほら、チョー陰陽師っぽい」

「なにそれ……」

 オレは呆れて呟いたけど、ツツジ君は大真面目な顔をして「だってさ、」と腕を組む。

「もしかしたら、みんなが認識していない事実に無意識にアクセスしてるのかも、って思ったりするんだよね。みんなが認識してない “共鳴” という能力で、俺たち同士お互いの何か (・・)にアクセスするのとおんなじように」

「ふぅん」

「だから……結構、占い当たるのかなって思ったりする」

 ツツジ君の言葉に考え込む。陰陽師っぽいだとか、“勘がいい” とか言われてもオレには全然ピンとこない。

 自分のことはよく分からないし、オレも “共鳴” とか “同調” について、すべてを理解している訳じゃなくて、“なんとなく知っている” だけだし。そういう部分で言えば、オレだって “共鳴という概念を理解できない普通の人たち” とさほど変わらない。

 でも確かに。ツツジ君自身は、ある意味 “勘がいい” のかもしれない。人の気持ちの隙間を見つけるところとか。全部偶然に見えるけど。

 もしかして、“全部知ってるんじゃないか” って思わせるようなところとか。

「ツツジ君の占いって、当たるの?」

「試してみる?」

 ふと漏れたオレの言葉に、まるでやっぱり “知っていた” みたいに。すぐに返事を返してきたツツジ君の顔が、あんまりにも妖しくて。

 オレは体が固まった。

 少しだけオレに顔を近付けて、冷たく笑うツツジ君が怖いのに。

 何故だか目が離せなくて。

 例えるなら、呼吸をする権限を奪われたみたいに。

 不随意なオレの全てを、ツツジ君が支配するように。

 似ている。

 そんな気がする。

 初めて会った、あの時のシノ (シュン)さんを、オレは何故か頭の端で思い出した。

「君たち楽しそうだね」

 急に後ろから声が聞こえて、オレは反射的に背筋をピンと伸ばした。そしてついでに、ガンっ、と机に膝を思いっきりぶつけて、咄嗟に膝に手をやった。

「っ〜〜! ……っいて!」

「何やってんのカズ〜」

 振り向くと、ハクさんがちょっとだけ不機嫌そうな顔で腕を組んでこちらを見ていた。

「ハク様おかえり〜。上々だね〜」

 ツツジ君が心底楽しそうに言い放つ。

「僕一人放り出すなんて、君が (・・)楽しみにしているこのカフェを崩壊させるつもり?」

「何言ってんの〜! ハクくん俺よりよっぽど人気者じゃ〜ん」

「はぁ…………そう思うの」

「そうだよ!」

 オレは会話を聞きながら、サボっていたことを誤魔化すみたいにそそくさと流し台に向かう。

 チラッとハクさんの様子を伺うと、オレがサボっていた事は特に気にしている様子はなかった。どちらかと言えば、ツツジ君がサボっていた事の方が気に食わなかったみたいで「君がやりたいと言ったくせに」とかなんとか文句を言っていた。

 オレは水に浸けていたお皿を取り出して流しのレバーを持ち上げる。

 それから「びっくりした……」と改めて呟いた。

 気配がしなかったな。オレが気付かなかっただけ? なんか、こんなような事、前にもあったような気がしたけれど。なんだっけ。

 考え込みながら一枚目を洗い始めた時だった。ちょうど裏口の鍵が開く音がした。

 そしてすぐに、開いたドアからシノ (シュン)さんが顔を出した。

「ごめん! 遅くなった!」

 そう言いながら厨房に入ってきたシノさんはピンクの長袖のワイシャツに細い黒のリボンタイをして、黒のスラックスを履いていた。

 いつも上にいろんなものを着込んでいるから、目新しくて少し驚いた。こんな軽装もするんだな。とはいえ、こんなに暑いのにワイシャツは長袖だけど。

「あ! シノちゃんおつかれーー!」

 ツツジ君がシノさんに声を掛ける。

「お疲れ」とシノさんは答えて、机に置いてあったエプロンを掴んだ。そして、それを付けながらオレの隣に並ぶ。

「レンもお手伝いしてくれてたんだね」

 そうシノさんに声をかけられて、オレはシノさんの方を見る。声色はいつもより明るくて、なんだか嬉しそうな顔だった。珍しい顔なんだろうな、とふと思った。

「ツツジ君がやれって言うから」

「あはは、ありがとう、手間をかけさせるね。でも、レンも一緒にやってくれて僕も嬉しいよ」

 そう言われて、オレも悪い気はしなかった。でもそれを悟られるのが悔しくて、思わず「だって」と言葉を続ける。

「遊び用のスマホと偽造アカウントくれるって言われたから」

「ハクかぁ。アイツ案外と面倒見良いからね」

「ツツジ君がそう差し向けたみたいですけど」

「あははは。アイツ、ツツジの言うことでも “ちゃんと聞く時” と “聞かない時” あるから。今回はレンのこと相手にしたかったんだよ。半分くらいは。あはは、面白いっ。アイツらしいね、ふふっ」

 一人で面白がっているシノさんを横目で見ながらオレは洗い終わった食器を乾燥機に並べる。何がそんなに面白いんだろう。

「ご指名だよ! シノちゃん」

 そうツツジ君に呼ばれて、シノさんはパタパタと厨房から出て行く。

 その後ろ姿が、ふと。なんだか “普通の人” に見えて。オレは、不思議な心持ちでその光景をぼっと眺めていた。

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