鴉
自室に帰った僕は、インソムニア にしては珍しく、いつの間にか目を閉じて横になっていた。
そして浅い眠りに就いた、そのひと時に、いつもと同じ夢を見た。
同じと言ってもその夢達は、連続した短編小説のように、少しずつ違う場面で僕の前に現れる。何編もある夢の中で、今日は一番穏やかでとても優しい夢を見た。
とはいえこの夢達が、僕を睡眠から遠ざけているインソムニアの原因で、僕が占いや心理学を学ぶきっかけになったのだけれど。
子供の頃から全く同じ夢達を見る。
これは、一体何なのだろう。
*
代赭色の砂漠の上。
俺 は静かに息をして、隣にいる■■と呼応 する。
彼は暗い色の髪と汚れた顔を黒い外套 頭巾 で隠している。
けれど、夜の闇を湛えたその瞳は真っ直ぐに前を見据えていて、そしてその視線と同じく、彼は真っ直ぐ俺 の聲に応えてくれる。
(顔はよく見えない。彼は一体誰なんだろう)
まだ目指す地は遠い。
頭を過 ぎる。俺達 と故郷で別れた二人のこと。
彼等は無事、着いただろうか。
(彼等?)
考えるだけで心が重くなるけれど、どんなに悔い重ねても、もう後戻りは出来ない。
俺 は使命を全うしなければならない。
あの地 に居る■を殺す。
その為だけに俺 はこの地獄の様な世界で懸命に生きてきたのだから。
(一体何のことだろう?)
例え、この先どんな事になったとしても。
(どんな事になっても?)
『シノ』
喚 ぶ聲がする。
『少し休もうシノ。もう暗くなる。砂を掘って、寝床を作ろう』
俺 も名を喚ぼうとするけれど、聲が上手く出てこない。
その代わり『あとどれくらいで着くだろう』と俺 の口から零れた。
(けれど、これは僕の意志じゃない。夢の中では最初から何もかも、一字一句全て決まっている。それがまるで正解みたいに)
『さっき赤い天辺 が見えた。あと少しだよ』
深く、優しい聲がする。
この聲が好きだ。連れ去られた俺 が、自分の体に戻ってくる気がするから。
(どういう意味なんだろう。僕はここ に居るはずなのに)
俺 は『そうだね』と言って、荷物を近場の低木の傍に降ろす。
そして、枝葉を集めて火を点けて、獣除けに小水を周りにばら撒いた。
だんだん暗くなってくる。
焚き火の傍に二人で座り、持ってきた干し肉を少し食べる。
『あの二人は大丈夫かな』
俺 が謂った。
『大丈夫だよ。僕達に次いで強いあの二人 だよ? きっときちんと群勢を率いて、僕達が着く頃にはもしかしたら決着が付いているかもしれない』
『そうだね』
(決着とは何だろう?)
俺 は膝を抱えて手を焚き火にかざす。
どんどん寒くなってくる。
俺 は隣の温もりに身体を寄せて、ひとつ息を吐いた。
『考えたら、長い旅路だったね』俺 は聲を零す。
彼も『うん』と謂って、外套を身体に巻きつけて身動 ぐ。
『でもね、こんな事を言うのはよくない事なのかもしれないけど』
『なに?』
『僕は、この長い出来事の中で……この世に生まれ落ちてよかったと思ったんだ』
『どうして』
『こうやって、シノに会えたから』
俺 は彼の聲に、ぐっと唇を噛んで、自分の外套に包まって膝を抱える。
『どこからそんなこと……———— 』俺 は謂う。
(まるで、本当に僕に言われているようで。僕も僕 と同じ気持ちになる)
嬉しいんだ。心底、涙が出るほどその言葉が。
それでも、この先を考えると悲しくて、ひどく寂しい気持ちになる。
そして思う。
俺 はこの気持ち を知っていると。
(知っている? 僕が知っているのか? それとも夢の中の僕 が知っていることなのか?)
『僕も不安だよ』彼が謂う。
呼応 して俺 の考えを読み取ったように。
『でも■を殺したら、きっと僕達のような命はもう生まれない。だから、次に悲しみが生まれないように、僕達がやらなくちゃいけない』
『■を殺したら、どうなると思う?』
『わからない……でもね』彼が聲を零す。
『たとえ、この世の理 が崩れて世が滅んでも……僕は……シノが生きていればいい。シノが、僕の生きる支 なんだから』
俺 は悲しくなって、眉間に皺を寄せる。
そんな事を謂って欲しいんじゃない。
それでも、世に落ちるはずがなかったこの命を支 とさえ謂ってくれる彼に、僕はひどく心を寄せてしまう。
(僕は、生まれるはずがなかった命なのか?)
『そう云うところが……』
俺 は思わず零した。
『嫌いだ』と謂おうとした。
けれど、思い直して『羨ましい』と言葉を変えた。
『どうして?』彼が謂う。
『俺は、そんな風に人を信ずることができないから』
『そうかな。僕はシノが羨ましいよ。シノみたいに僕も自分を信じていたかった』
自分を信じる。そんな事、至極当たり前な気がする。
だって、生まれた時から手元にあるものなんて “自分” しか無いじゃないか。
(確かにそうだと思う。けれど、それは僕の気持ちにそぐわない)
『俺達が逆だったら……何か変わっていたと思う?』
俺 が謂うと、彼は首を傾げて笑った。
『もしもの話は解らないよ』
少し暇 が空いて、彼が『ねぇ』と言葉を零した。
『シノも寂しい気持ちなら、一緒に譜 を謳 って。昔みたいに』
(今更、なんて子供じみた事をするんだろう)
昔。どれくらい昔のことだったかと思いを巡らせる。
そして思い出したのは、本当に遠い記憶。
お互いに小さかった時の事。
『僕とシノで、心配事を半分こしよう』彼が謂う。
(僕と彼は、どれ程前から一緒に時を過ごしていたんだろう)
彼が戸惑いがちに、微かに俺 に身体を寄せた。
外套越しに温もりを感じる。そして、それさえ懐かしく感じる。
『ねぇ、もっと深く呼応 して』
彼が謂った。
(歌を歌うなんて、突飛な発想だ。そう思うのに)
俺 は彼の言葉に素直に頷いて、彼と一緒に譜を口遊 む。
『Ll uiji 』
(これは何処の言葉なのだろう)
懐かしい。
深く呼応 する。
俺 の意識が掬い上げられるように。
(なぜ僕は意味を知っているのだろう)
自分自身を思い出す。
(この聲を持つ、彼は誰なのだろう)
『Ill r-rtlaw Soi nney Chw okgwa
MMokk Solriqa
MMo sba
sal he mshiy Yol u-n kamlkoliJo Molli
yiaLL
N ldljinak-it Hk keney Gwill ha』
そして最後、彼は俺 の真名 を喚んだ。
まるで、今生の別れのように。
(そして、この夢の終わりを告げるように)
『Ll jilljall 梓乃 』