鴉
「僕も正直信じがたい。けれど、可能性は捨てきれないと知恵を貸してくれた第一研究室の睦先生も言っていた」
「可能性?」
「第六研究室が “タイミングよく” 同調能力者の能力を極限まで拡張するというその理論を解明したと言い出した。“僕たちに秘密で” あまつさえ “同調能力者一人を犠牲にして” というおまけ付きで。これがどういう “フェイク” かは不明瞭だけれど、不審であることには違いない。でも、分からないのは、誰が、何の目的でそんなことを仕出 かしているのか、ということだ。……または、既に何らかの情報を研究室や国家防衛隊が掴んでいて、僕たちを反逆者として疑っている。だから敢えて “杜撰なフェイク” を流し、僕たちに手を貸す人間を炙り出そうとしているのか」
「どういうこと?」
「機密っていうのは、基本的に組織のどの範囲まで情報を広めていいのか必ず正式な指示がある。口頭で『あいつらに内密にしろ』なんて指示の出し方、防衛士官にしては少し乱暴すぎる」
シュンさんの言葉にオレは首を捻る。
「……防衛士官ってみんな乱暴なんじゃないの?」
「あはは、それは僕も含めてってこと?」
「あんたはオレにとっては “相棒” だから枠が別なんで」
「あはははは」
シュンさんは珍しく大きな声で笑って「光栄だね」と付け加えた。
「ともかく、様々な可能性が考えられる。それだから “僕たちが知らないテイ” であることを逆手にとって大胆なスパイ作戦を決行しようと思うんだよ」
「スパイ作戦?」
あんまりにも子供っぽい単語に、オレが眉をしかめた時だった。後ろから、ドアが開く音が聞こえた。見ると、ぶかっとした黒いパーカーを羽織った魁君と、白衣にメガネ姿の琉央さんがそこにいた。
「ごめ〜ん、お待たせ〜」
「お疲れ」
言いながら魁君と琉央さんが会議室の中に入って来る。二人とも珍しい服装だな、とオレは頭の端で思った。
「なんだかここに4人でいるの不思議な気分だね〜」
そう呟いて棚の前に置いてあった小さめの黒い椅子に座った魁君に、琉央さんが「そうだね」と返事をして、魁君の隣にあった南京椅子に腰掛けた。
「魁、話は聞いた?」
シュンさんの言葉に、魁君は「聞いたよ」と返して足を組む。
「なら良かった。単刀直入に言う。魁に諜報活動をお願いしたい」
「ふぅん、こき使うじゃん?」
少し不満そうな顔をした魁君に、隣にいた琉央さんがわかりやすく不機嫌な顔をする。
「僕だって君に無理をさせたい訳じゃない」
すると、魁君が途端に顔をニヤニヤさせて「くくくっ」と笑った。
「知ってるって〜! 冗談に決まってんじゃん。琉央くんその顔超ウケるよ」
「僕は冗談で君を危険な諜報活動に行かせるつもりはない」
「もぉ、そんなに怒んないでよ〜」
その様子に、シュンさんが少し呆れたように小さくため息を吐く。オレも同じ気持ちがして、おんなじようにため息を吐いた。
琉央さんが「シュン」と声を掛けた。
「結姫と話はつけてきた。リスク分散と “掻き回し” の為にアイツには研究室内ではなく国家防衛隊内部を探ってもらう」
「分かった」シュンさんが言う。
「琉央は第二研究室に行って魁のサポートをしながら、例の “亜種” について睦先生と調査を進めてほしい。僕は結姫のサポートに回る」
「琉央くん、普段研究室に出入りしないくせに急に出入りし始めたらウケるね」
魁君がくすくす笑う。
「分かってる。それだからお上に提出するように脅されている『共鳴拡張に振動波が与える影響とその応用機器の開発』について研究をする為に篭るという事にして、魁には第六研究室に手伝いを要請するてい で出入りしてもらう」
「ん〜何言ってるのか謎だけどおけ〜」
オレもよく分からなくて首を傾げる。すると、シュンさんが含み笑いをしながら「一也」とオレを呼んだ。
「一也は、僕と一緒に国家防衛隊本部に来てほしい。そこで雑務を手伝ってもらうから、よろしく頼むよ。
いつも魁に来てもらってるんだけどね。“忙しい” 魁に代わって今回から一也に来てもらうことにする。組織のことも把握できてちょうどいいんじゃないかな」
「わかりました」
オレが頷くと、シュンさんが「でもね」と少し険しい顔をした。
「僕の元を訪ねてくる防衛士官に何か聞かれても、基本的に口を利かなくていい。下手な事を言おうものなら突っかかってくる輩もいるから。何か言われたら最低限『少佐より口を慎むよう指示されておりますので、自分の口からは申し上げられません』と言え」
「はい」
オレが真剣に返事をすると、魁君が小さく笑う。
「いつものなよなよシュンちゃんばっかり見てる一也は、防衛士官風 ぴっちりシュンちゃんに驚くよきっと」
「風 ってなんだよ。僕はいつも一生懸命だよ」
シュンさんが顔をしかめる。
オレも魁君のワードセンスに追いつけなくて眉をひそめた。
けれど同時に、“国家防衛隊本部” という響きにオレは緊張して体を硬くしたのだった。