鴉
『■■』
目が覚めた。
長い夢を、オレは見ていた。そんな気がした。
ただ、そんな長い夢の隙間で、時々薄っすら目が覚めて、ゆらゆら揺らされたり、何かで腕を刺されたり、背中を摩られたり。そんな感覚を、何回か感じたような気がした。
目を開けることができたのは、意識が浮上してから少し経ってからだった。
まず、白い天井が見えて、ふと横に目線をずらすと、点滴が吊り下げられているのが見えた。酸素マスクが邪魔だ。体が重い。
周りには、誰もいない。木製のロッカーと、薄桃色のカーテン。見覚えがある。魁君が寝かされていた時と同じ病室だ。
怪我を、していた気がした。もしかして。嫌な予感がして、両手足の指先を動かしてみる。
良かった。指先にシーツの感覚を感じて安心する。腕は怠いし、脚はかなり重い。けれど、切り落とされたりしてなかったみたいだ。体の力を抜いて、小さく息を吐いて目を閉じる。
何があったんだっけ。
4人で任務に出て、シュンさんと一緒に対象を発見して。……怪しい人間が倉庫に入ってきたあと————
———— オレは思い出したくなくて目を瞑った。悍 ましい光景だった。あいつは何者だったんだろう。
シュンさんが言っていた “スパイ作戦” のことを回らない頭で思い出す。丹の存在を知る他者の存在。少なからず関係しているはずだ。でも、回転数が不足した今のオレの頭では、そこまで考えるまでで精一杯だった。
それに、気を失う前の記憶があやふやだ。頭に何かぶつかった気がする。痛かったな。左側だった気がする。
「……っ」
ふと頭を左に倒したら、やっぱり頭が痛かった。締め付けられている感覚もする。包帯が巻きつけられているんだな。
どれくらい、寝ていたんだろう。また目を開けて、掛け時計を確認する。
4時24分。どっちの4時だろう。ここは窓がなくて、オレには確かめる術がなかった。
でも、ここに誰もいないという事は、もしかしたら深夜だからなのかも。オレは少し納得して、またゆっくり目を閉じた。
寂しいな。誰かに会いたい。そんな気分だ。
きっと、ここに魁君が居たら「一也!」とかなんとか言って、涙目で安心した顔をしてくれるんだろうな。琉央さんも一緒に、微かに安心した顔でオレを覗き込んでくれるはずだ。
それから。シュンさんは————
———— シュンさんは、どうだろう。
ダメだ。想像出来ない。
あの人の事だから、もしかしたらオレがそろそろ起きる事を予測してるんじゃなかろうか、とさえ思える。あの人ならそういう超能力か何かを持ってたって不思議じゃないような気がする。
でも、そしたら。そしたら、会いに来てくれないかな。
「そろそろ起きると思ったんだ」とか言いながら。
それだけで、オレはもしかしたら。生きていて良かったと、思えるはずなんだ。
と。そんなバカな事をオレが考えていた時だった。
———— ト、ト、ト
廊下から、小さな足音が聞こえた気がした。誰か来たらしい。ここを知っているのは、第四研究室の限られた人と、委員会のメンバーだけだ。
一人分の足音。結姫先生かな。
———— ト、ト、ト
それにしてもゆっくりだ。結姫先生はいつも早歩きだ。荷物を持っているのかな。
それとも————
『———— おいで』
背筋が凍った。
聲だ。聲が、聞こえた気がした。嘘だ。こんな所で聲が聴こえるはずがない。気の所為だろうか。それにしてもはっきり聴こえた気がした。
一気にオレは覚醒して、そして息を潜めて集中する。
———— ト、ト、ト、ト、ト
相変わらず、足音が聞こえる。段々、こっちに近付いてくる。
そして、オレは戦慄した。
『おいで』
『いるでしょう』
『でておいで』
“丹” だ。
音叉が無くても聴こえる。これは、“丹” の足音だ。