鴉
「警衛委員全員に呼び出しをかけようとしたら、一人繋がらない隊員がいて困りました。暁星隊員は、今どこにいるのですか?」
僕たち を集めて早々、西藤少佐殿はそう言って眉間に深く皺を寄せた。
彼はいつもと同じように、白い少し長めの髪をオールバックにして、内勤用の隊服をきっちりと着込んでいた。目つきは鋭い。彼の高い背と同様に、高圧的な態度だ。
嫌な予感はしていた。けれど、僕の予感を超えて、事態はかなり面倒な方向へ転がっていた。
西藤は警衛委員4人に宛てて、“個別に” 呼び出しを行なっていたらしい。責任者である僕を介さずに委員を個別に呼び出すことが、どのようなことを意味するのか。“嫌がらせ” 以上の意味を示すことぐらい、僕でも分かっている。
僕なんて要らない。上官は自分だけだ、という事だろう。呼び出しに、僕を混ぜてくれただけでも良しとしよう。
僕が内線で呼び出しを食らってすぐ、魁からも入電があって「なんか、西藤氏から呼び出し食らったんだけど」と聞かされた。ついでに琉央からも個別招集があったと報告を受けて、これは実に厄介な事になったと思った。
一也の末端にも召集を掛けたらしい。
一也が例の一件で寝込んでいる事は、事件を含めてお上に報告していない。それに、一也が寝ているあの場所も、第四研究室が無許可で造った病室だ。そんな場所が存在する事自体、お上は把握していないだろう。
ここで全てがバレたら、一気に動きにくくなる。それに、彼が万一 “謀反” に関与している人物であったら。一巻の終わりだ。
さて、どう乗り切ろうか。
「訓練中に怪我をしまして」
僕は努めて、いつも通りにそう言い放った。
「大事をとって休ませています」
「へぇ、訓練ね」
僕の返事に、西藤は怪訝そうな顔を見せる。信用していないな、この反応は。単純に僕が放つ言葉を信用していないだけか。はたまた、この言葉が嘘である根拠に心当たりがあるのか。
そもそも、今回の “個別の呼び出し” がどういった狙いで行われたのか、全く分からない。単なる “嫌がらせ” を、“たまたま” 一也が倒れている “今” 、“思い付きで” 行なっている可能性も、もちろん否めない。
けれど、最年少で少佐にのし上がったこの切れ者の男が、そんな感覚や感情で動くはずがない。何を企んでいるんだ。
「ご用件はなんでしょうか。何か、重要な任務の命令ですか?」
僕が尋ねると、西藤は「えぇ」と一言相槌を打って腕を組んだ。
「研究室の編成が変わるので、その報告をしようと思ったんですよ」
「それは、」
僕は思わず言葉を漏らした。
「全員に個別招集を掛ける必要はないでしょう。研究室の編成については、今度から僕、ないしは副委員長だけ呼んでいただければいい」
「そうですか?」
「えぇ、僕を飛び越えて 委員全員に召集を掛けるほどの事とは思えません」
僕が言うと、西藤はふむ、と顎を撫でながら首を傾げた。
「それは、委員会全員を呼び出されては困る事案がある、という事でしょうかね。カフェ遊びをしている暇があるのに?」
思わず眉間に皺が寄る。僕たちのあれを遊びというなら、貴方たちの政治家との金稼ぎ遊びはどうなんだ。そう言い返したくなるのを堪えて、僕は微笑む。
「困る事はありませんが。このような内容で、僕を飛び越えて招集を掛けるという行為、それ自体に対して不信感がある事は否めません。それに、有事に備えるために計画を組んで我々は行動しています。そしてお言葉ですが。カフェ遊び にも、れっきとした意味があります。副委員長の提出した報告書を読んでいただければわかるでしょう」
「馬鹿馬鹿しい」
西藤が吐き捨てた。
「弥生中佐より、全員を呼び出して報告するようにと通達がありましたので呼び出したんですよ」
弥生中佐。彼の指図か。それが本当ならば、中佐にも注視する必要があるな。どういった訳か、彼は僕達警衛委員に対して “偏見” を抱いているようだし。また嫌な奴が浮上してきたな。
「全く」西藤が呟く。
「暁星隊員は、まだ本部の幹部達に挨拶をしていないそうじゃないですか。それを中佐は気に掛けていらっしゃるのでしょう」
「彼は先日正式な委員となったばかりです。挨拶をする予定は既に組んだうえ、中佐に伝達しています。気に掛けて下さるのはありがたいですが」
僕が微笑むと、西藤は諦めたように小さく息を吐いて「そうですか」と呟いた。そして、持っていたファインダーから資料を一部取り出してひらひらと見せびらかす。
「暁星には、あとで私が直に資料を届けます。私も顔を見ておきたい。屯所にいるんでしょう? 私が直に訪ねますから、彼に僕が行くと伝えてください」
「来てもらわなくて結構。僕が渡します」
「なぜ?」
「お手を煩わせることではありません。それに、彼はまだ10代ですから。直に少佐殿が訪ねてきたら変に恐縮して可哀想だ」
「それこそ、気遣いは結構ですし、この組織に入った以上、年齢など関係ないでしょう。特に、君達なんか は」