TSUKINAMI project

TSUKINAMI project

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 その時だった。

 横に気配を感じた。目だけ動かしてそちらを見ると、かすみ先生が見たこともない険しい真剣な顔で立っていた。その手には、オレが床に落とした軽量型ライトが握られていた。

「一也さん目を閉じて!」

 先生が叫んだ。

 オレが咄嗟に目を閉じると、あたりが一瞬にしてパッと明るくなったのを瞼の裏で感じた。

「『ぎゃあああああああああああ』」

———— ドンッ

 光が止んだのを感じて、オレは目を開ける。薄暗い倉庫の奥に、体を丸めたカイカイさんの姿が見えた。

「一也さん、リールを!」

 かすみ先生の声が、まるでオレの体の呪縛を解くみたいに頭に響いた。

 オレは動くようになった手で、すぐにリールを拾い上げて強く巻き取りボタンを押した。リールが巻き上がってワイヤーが擦れる音が鳴り始めて、どんどんワイヤーが巻き取られはじめる。そして、ゆっくり網棚がこちらに向かって倒れてくるのが見えた。

「危ない!」

 オレは咄嗟にかすみ先生を庇うようにそれを避けて、床に突っ伏した。

———— ガシャンッ

 大きな音が足元で響いた。見ると、棚が見事にドアを塞いで中に入った荷物が散乱している。

「『ぎゃああああ……っ』」

 相変わらず、倉庫の奥からカイカイさんの叫び喚ぶ聲が聞こえてくる。

 オレはかすみ先生の手を引いて、カイカイさんを閉じ込めた倉庫から一番遠い倉庫まで走る。倉庫の全てのドアが斜めにひしゃげて、閉まらなくなっているのが走りながら見えた。

 一番奥の倉庫までたどり着いて、かすみ先生と一緒に中に駆け込んだ。

 荒くなった息を整えながら、耳を澄ます。

 遠くからドン、ドン、とドアに何かがぶつかるような音が聞こえる。カイカイさんが、ドアに体当たりしてるみたいだ。少しは時間を稼げたのかも。それでも、この様子だとすぐにあのドアも破られそうだ。

 かすみ先生を見ると、肩で息をして疲れ切った顔で遠くを見つめていた。お礼を言いたかったけれど、後にした方が良さそうだ。

 オレはシュンさんに無線を入れた。

「3番、こちら6番、カイカイさんを閉じ込めました。どうぞ」

『こちら3番。閉じ込めた? どういうことだ、答えろ』

 すぐにシュンさんから返事が来た。素っ頓狂な声だ。

「研究室に近い倉庫の中に、カイカイさんを閉じ込めました。重そうな棚を倒して入り口を塞いで、ワイヤーでノブを開かないように固定しました」

 オレが説明すると、はぁ、とシュンさんの短いため息が聞こえた。

『また無茶をしたね? 君って子は』

「あんたの相棒だから。似てきたんすよ」

『っ、本当に君って子は、』

「かすみ先生も一緒です。二人とも、多分無事です。でも、長く持たないかも。あいつ強すぎ……」

『……わかった。あと1分で突入を開始する。それまで耐えろ、いいな』

「わかりました」

 オレが無線を切ると、服の袖が控えめに引っ張られるのを感じた。見ると、かすみ先生がこちらを向いてにっこり微笑んでいた。

「かすみ先生、大丈夫すか?」

 オレが尋ねると、先生はゆっくり頷いて、照れたように息を吐いた。

「すみません。腰が抜けました……。理論と実戦は全く違いますね……」

 オレは座り込んでいる先生の脇にしゃがんで、顔を覗き込んだ。

「ごめんなさい。オレ、かすみ先生に助けられました。ありがとうございます」

「とんでもありません。……ふふ、ついこの間泣いていたのに、立派になって……ちょっと涙が出てきました」

「っ、何言ってんの」

 オレが眉間にシワを寄せると、かすみ先生にそっと手を握られた。その手の感覚が、あまりにも母さんに似ていて、オレは思わず息を呑んだ。

「頼もしいです」

 そう付け加えて言われて、心臓が止まりそうになる。

 まるで母さんに言われている錯覚を感じたからだ。

 とても不思議だけれど、もし、いま天国から母さんがこの状況を見ていて、オレに声をかけてくれるとしたら。きっとこうやって言葉をかけてくれるんじゃないかと確信できる。

 もしかしたら、これが “丹” に気が付かないうちに侵されて死んでゆく人の末路なのかも、と頭の端で思う。

 けれど、この確信は、例え “丹” の所為であってもオレに丹と戦わせる理由をむしろ与えているようで。

 怖い、けれど、心に開いていた穴が塞がってゆく。

 これをなんて言えばいいんだろう。

 オレは思わず、かすみ先生の手をぎゅっと握り返した。

 そして————

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