鴉

 研究室にカイカイさんが出現した次の日。第一研究室直下の死体回収部隊以外、研究施設への出入が全面的に禁止になった。

 そして警衛委員のオレ達には外出禁止命令が下された。許可が出るまで屯所から何があっても出るな、という通達内容だった。

 命令が下ってすぐ、シュンさんから第二会議室に集合するように指示があった。これまでの情報を整理し、共有するためのミーティングらしかった。

 予定時間の30分前。オレはなんだかじっとしていられなくて、第二会議室に足を向けた。オレが一番の下っ端だし、一番乗りしてもおかしく無いだろう。そう自分に言い訳をしながら、会議室の一枚目のドアの認証用パネルに手をかざした。

 その時、磨りガラスのドアの向こうに人影が見えてオレは思わず肩を強張らせた。

 認証が完了して付け根が緑色に点灯したドアノブに手を掛けて、そっとドアを開ける。二枚目のガラスのドア越しに中を覗くと、シュンさんが手前の南京椅子に座っていて、手元のタブレットを煽っているのが見えた。

「シュンさん。いたんですね」

 オレが中に入って声を掛けると、シュンさんがゆっくりこちらを向いた。

「一也も早いね」

「なんか、じっとしてらんなくて」

 オレが言うと、シュンさんがえへへ、と照れたように笑って「僕も」と呟いた。

「お揃いだね」

 そうとも言って、シュンさんがふにゃっと笑う。

 その笑顔に、オレはなんだか恥ずかしくなって目を逸らした。琉央さんが見せてくれた、零樹さんがまだいた頃のシュンさんの笑顔を思い出す。

 この人は、誰よりも我慢強いし、大人だ。でも、きっと。本当はとっても無邪気で、無垢な子どもを、心の中に隠し持っている。

 だから。オレがそれを守らなくちゃ、とつい思ってしまう。シュンさんがどれだけオレよりも大人で、歳上でも。その部分を守る事が、きっと、シュンさんを助ける事に繋がる気がするから。

 不意にシュンさんが立ち上がる。

「まだ時間もあるし、紅茶でも飲もうか」

「手伝います」

 オレが言うと、シュンさんが首を横に振った。

「落ち着くんだ、何かしてると」

 ぼそっと呟かれたその言葉に、オレは妙に納得して大人しく近くにあった南京椅子に腰掛けた。

 そういえば、この人はそういう人だったな。

 それから暫く、二人で何も話さず紅茶を飲んでいた。そうしているうちに難しい顔をした琉央さんとにこやかな魁君が部屋の中に入ってくる。二人が適当な席に座るのを見てから、シュンさんが前に向き直って真剣な顔をした。

「始めようか」

 さっきと打って変わって、少佐らしい外行きの声だった。

 オレは、シュンさんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、シュンさんからの報告を聞いていた。

 亜種の調査、スパイ活動に進展がない事。オレとシュンさんが遭遇した一形について協力者に調査を依頼している事。そして、研究室に現れたカイカイさんについて、未だ全容が掴めていない事。

 その最中だった。カフェの入り口の呼び鈴が鳴らされたことを知らせる可愛らしい軽快なメロディが壁のスピーカーから流れてきた。

 魁君が「俺、出てくるよ」と勢いよく会議室から出て行く。

「来たみたいだね」シュンさんが呟く。

「誰？」オレが尋ねると、お客さんだよ、とシュンさんが微笑んだ。

 暫くして魁君が戻ってくる。魁君がドアを開けたその後ろから、見知った顔がこちらを覗いていた。

「結姫先生！」

 オレが思わず声を上げると、こんにちは、と先生が優しくこちらに笑いかけてくれた。その後ろには、かすみ先生と、初めての任務でお世話になった含満先生が立っているのが見えた。

 オレは3人が座れるように席を立って部屋の隅に避ける。かすみ先生は何も言わずにオレに微笑んでくれたし、含満先生も「お久しぶりね」と手を振ってくれた。

「どうやって外出許可をもらってきたんだか」

 戯けるシュンさんの言葉に「簡単です」と結姫先生は胸を張った。

「委員の健康状態および丹電子障害に侵されていないか調査するために外出する、として許可を貰いました。補助にかすみを伴う事も容易いものです」

 かすみ先生が後ろで頷きながら拍手をする。

 その姿に違和感を感じて、オレは首を傾げる。

 少し悩んでから、ふと気付く。かすみ先生の声を聞いていなかった。

 礼儀正しいかすみ先生が、挨拶に会釈だけしかしないなんておかしい。