TSUKINAMI project

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「かすみ先生、喉痛いの?」

 オレが思わず尋ねると、かすみ先生が少し驚いたようにこちらを向いた。やっぱり、声が出ないらしい。そんなかすみ先生の代わりに、隣にいた結姫先生が口を開いた。

「そういえば、一也君は知らなかったね。各研究室の隊長以外の研究員には、首元にAIチップが埋め込まれている。研究室及び、研究室の上に建っている商業ビルの敷地を出ると、AIチップが出す微弱な電流によって、発音ができなくなる。つまり、あの建物の外に出ると、口が利けなくなる」

「……知らなかった」オレは呟く。

 結姫先生が続けた。

「研究員が外に出ることは基本的に無いから、知らないのも無理はない。隊長になればチップを外してもらえるし、それを目標にして上を目指す人もいるけれど……。あの研究室に入ろうと思った時点で、既に知り合いと縁を切る覚悟ができている人ばかりだから。

 それに、上の商業ビルは社員割引が利くし、日常生活に必要なもので買えないものはない。みんな然程困っている印象はないよ」

 結姫先生の言葉に、オレは「へぇ」と相槌をつく。

 知り合いと縁を切る覚悟。その言葉に思うところはあったけれど、深くは聞かなかった。

 オレが情けない顔をしていたからかもしれない。結姫先生が励ますように、両手で持った白い箱をオレの前に突き出した。

「タルト。買って来たから、一緒に食べよう」

 薄く開けられた箱の隙間を覗くと、中に桃のタルトがホールで入っていた。早速、魁君が手際よく切り分けて、大きめに分けてくれたタルトをオレに差し出してくれる。

 いい匂いがして、オレは行儀が悪いと分かっていたけれど、近くにあった折り畳み机を引っ張り出して、そこで一足先にタルトを口に運んだ。

 美味しい。久しぶりにこんなに美味しいおやつを食べたような気がする。

 ふと結姫先生と目が合う。お先に、とオレが言うと、結姫先生がとっても嬉しそうに笑った。

 結姫先生達はシュンさんに勧められて奥のソファに3人で並んで腰掛ける。大きなテーブルを挟んだその向かい側に、シュンさんと琉央さんが座った。

 魁君はといえば、さっきまで、お土産のケーキを切ったり、紅茶を入れたり忙しなく動いていたけれど、今はオレの近くに南京椅子を持ち込んで、オレが引っ張り出した机に肘をついて座っている。

 早速、結姫先生が例の研究室に入り込んだカイカイさんについて報告を始めた。

「例の侵入したカイカイさんについて、どの監視カメラを確認しても、怪しい人物や物品、現象は見当たりませんでした。研究室内の人員も全て無事。加えて、丹電子障害に侵されていないか研究員全てを対象に早急に検査が行われたけれど、全員異常なし。つまり、誰かがカイカイさんになったという形跡はなかった」

「やはり、進入経路不明か」

 シュンさんが呟くと、結姫先生は「そうです」と一言相槌を打って、魁君が入れた紅茶に口をつけた。

「倉庫の並ぶあの廊下の入り口に設置された唯一のカメラに、前触れもなく現れました。

 それから、睦先生からも言伝を預かってきました。カイカイさんのDNAも確認したけれど、大きく破損しすでに丹と一体化していたため照合不可。DNAは四形から三形に移行するときにDNAが大きく損傷し始める。つまり、四形からトランスフォームし、三系となってから少なくとも3時間以上は経過している、と」

 先生の言葉に、琉央さんが唸る。

「第四研究室の監視カメラがない場所を狙って出現した。または動画が改竄されている?」

「後者ではないかと私は予測しています。丹探知装置の作動が遅かったとかすみから聞いた。本来、緊急用シャッターが降ろされる前に警報が鳴るように設定されています。けれど、この一連の騒動ではシャッターが降りてから警報が鳴っていた。だから、かすみは逃げ遅れ、倉庫内に取り残されました」

 結姫先生の言葉に、かすみ先生は黙ったまま小さく頷いた。

「第三者によって、意図的に、カイカイさんが研究室に投入された可能性が高いと考えます」

「何のために?」シュンさんが低い声で尋ねる。

「それが……」結姫先生が下を向いた。

「研究室に侵入したカイカイさんの件、一也君が研究室にカイカイさんを連れ込んだのではないか、という嫌疑が掛けられています」

「え?」驚いて、思わずオレは小さく声が漏れた。

「こちらの弱った隙を上手く突かれました。一連の出来事が、警衛委員会、または一也君を陥れるために誰かが作り上げたシナリオだとしたら————

 隙をつかれた。結姫先生のその言葉にはっとする。それって————

———— ……オレが、倒れたせい?」思わず声が漏れた。

 そのままオレが自己嫌悪の渦に陥る前に、魁君が「もぉカズ〜」と呟きながらオレの肩に手を置いた。

「カズは何も悪くないよぉ。あんなの出てきて生きて帰って来てくれたことが奇跡だよぉ……」

「……ほんと?」

 オレが聞き返すと、奥の席からもちろんと結姫先生の強く頷く声が聞こえた。

「魁君の言う通り。一也君は何も悪くない。むしろあなたのお陰で新しい進展があった。誰かがあなた達を嵌めようとしている事が明らかになった。それに……生きていてくれたんだから。……それが、何よりな事だよ」

 結姫先生の強く、それでいて優しい口調にオレは少し情けなくなって下を向いた。それでもその言葉がとても嬉しくて、小さくうん、とオレは返事を返す。

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