鴉
「ちなみに」シュンさんが言った。
「そんな事を言い出したのはどこの何奴 かな」
「委員長のお察しの通り、弥生中佐を中心とする派閥です」
「派閥……?」結姫先生の言葉を小さく繰り返してオレは首を傾げる。
すかさず魁君がオレにそっと耳打ちをしてくれる。
「あれだよ、仲良しグループみたいな感じ。大事な事決める時、出来るだけ自分の意見通したいじゃん?」
「うん」
「それだから、裏で俺たち仲間だよね。俺の意見に賛成するよね?って根回しする仲間の事だよ。簡単に言えば」
「……政治政党みたいな?」
「それそれ〜。それのもっと汚いバージョンね。それでもって、弥生中佐っていうのが中心にいる派閥が、防衛隊でも一番大きな影響力を持ってる派閥で、西藤少佐って言う、シュンちゃんの事嫌ってる、でもめっちゃ頭いい奴がその派閥にいるんだよ」
西藤少佐。シュンさんの口から “苦手な人” として名前を聞いたことがあった気がした。
シュンさんの事を困らせる人は、オレもあまり好きになれない。実際に会った事はないけれど、あの弥生中佐と同じグループの奴なら、きっと嫌なやつに違いない。勝手ながら、オレは西藤少佐を嫌いになる決意をしたのだった。
そんなオレの決意をよそに、シュンさんが険しい顔をして腕を組む。
「西藤から極めてタイミングのいい呼び出しがあった。まるで、一也が第四に匿われている事を把握しているかのように」
その言葉に琉央さんも頷いた。
「彼の価値観と行動原理は全く理解できない。だが、知能が低いわけでも、倫理観が著しく欠如している訳でもない」
「そうですね」結姫先生は言って、ため息を吐く。
「弥生中佐の方が厄介です。浅はかな行動理念で巨大な力を容易に振るう。バカの権化と言うものです。とはいえ、そんな浅はかな人間がこの一連の出来事の黒幕とは到底思えない。つまり、黒幕と見せかけた手足。何枚もある岩の一枚に過ぎないけれど、その岩も厚く重い……ということでしょうか」
「魁からの情報も加味すれば、第六も手足に過ぎない」琉央さんが珍しく腕を組んで考え込む。
「……本体を誘き寄せるためには、手足を自由にさせて本体の一部でも露出させる必要がある」
その琉央さんの言葉を最後に、みんなが黙り込んで暫く沈黙が続いた。
それを破ったのはシュンさんの衝撃的な一言だった。
「一也を襲うなんて。僕に殺されたいのかな」
琉央さんが珍しく驚いて目を微かに見開くのが見えた。少し遅れて、魁君と結姫先生が呆れてけれど茶化すように小さく笑う。含満先生も呆れ顔だ。かすみ先生はいつも通りにこにこしているけれど……。
「委員長、冗談に聞こえませんよ?」結姫先生が言うと、魁君も「そうだよぉ〜」と声を上げた。
「カズも超引くと思う〜。ねぇ、カズ〜?」
「え? オレ?」
魁君に急に話を振られて、オレは動揺して唇を噛んだ。急にそんなこと言われても。
確かに、シュンさんならやりかねないような気はするけど。っていうかオレの事そんなに庇ってくれなくてもいいし。そもそもオレの方が、シュンさんの悪口言う奴全員殴ってやりたいんだけど!
そこまで考えて、オレは下を向いて一生懸命この場にふさわしい言葉を選んだ。(そんなものないかもしれないけれど)
「……オレは、シュンさんが人殺しになるのは嫌っす」
オレの一言の後、小さな沈黙があった。何か変なことを言ってしまったんだろうか。
オレが顔を上げると、琉央さんはさっきより驚いた顔でこちらを見ているし、魁君も結姫先生も一瞬だけ驚いて満面の笑顔になるし、含満先生もかすみ先生も「あらあら」って声が出そうな顔でこちらを見ているし————
———— シュンさんはといえば、照れた顔で「やれやれ」とかなんとか言いながら頬をかいている。
「ウケる〜〜〜、カズマジで最高〜〜」「一也君は本当にいい子ねぇ」
沈黙を破るように魁君と含満先生が声を上げる。
「え、なんで? オレ変なこと言った?」
オレは混乱して、思っていたことが口から溢れた。
「本当に君って子は」シュンさんが嬉しそうにこちらを向く。
その笑顔が、ふいにあの写真の笑顔と重なる。そして、オレは無性に悲しくなった。
守りたいって思っても、遠くて。
切なくて。
まだまだ、代わり でしかないことを、強く感じてしまうから。
バカなオレには、言葉にするのは難しい感情だった。
「カズ?」
いつの間にか下を向いていたらしい。頭の上から魁君の心配そうな声が降ってきて、オレは勢いよく顔を上げた。
「ごめんごめん、からかいすぎた?」
優しく尋ねられて、オレは思い切り首を横に振る。
「なんでもない」
オレが言うと、魁君は「そう?」とオレの肩に手を置いてもう一度「ごめんね」と謝ってくれた。
少し間を置いて、ところで、と魁君が真剣な声を出した。
「カイカイさんって、バラバラにしてまたくっつける、とかできないよね?」
その言葉に、含満先生が口を開く。
「丹に侵された死体を解体すれば、できないことはない。もう少し細かい話をするならば、合体させるためには中枢神経系、特に脳が保持された個体が必要になる。つまり “脳が保持された丹に侵された死体” があれば、周囲の肉体を吸収し、独立歩行するカイカイさんになることはあり得る。
この時、“脳が保持された丹に侵された死体” は丹電子障害である必要がある。すなわち、生きている状態で丹に侵されなければならない。一方、周囲の肉体は丹に侵されている必要はない。とはいえ、誰にも気付かれずに、あんなに大きなものを運ぶなんて現実的じゃないわ」
「外部から持ち込まれたのか。内部に潜んでいたのか。それも皆目見当がつかない」
琉央さんが言って、大きなため息を吐いた。