鴉
その日は高校の特別授業が思いの外延びて、いつもより2時間くらい遅い下校だった。
高校の授業とか友達とか、今のオレにとっては正直煩わしい。
本当は同調の訓練や射撃訓練、実践に備えた体術の稽古に時間を割きたい。それでも、オレの本当の仕事がバレないように、そしてこれも訓練の一つだと思って面倒な気持ちを押し込めて、真面目に、普通の、親戚の家から高校に通う、なんの変哲も無い高校生を演じている。
それだから、今日もこうして真面目に普通の高校生として、“親戚の家” であるカフェ兼屯所に帰ってきた訳だけど。
なんだこの状況は。
「お! おかえり〜カズ!」
店から変な音がしたから、気になって覗いたのがいけなかった。
せっかく静かに厨房の裏口から帰ってきたのに、ちらっと覗いたら目敏い魁君に見つかった。
オレが観念して中に入ると、綺麗好きなシュンさんの所為で普段は異様に綺麗なカフェの中が、たくさんの料理と飲み物でごった返していた。
そして、その中に埋もれるみたいに三人の “親戚” がソファに沈み込んでいた。
「え、いや、おかえり〜じゃなくて。何これ」
オレが言うと魁君が立ち上がって「これ〜?」と言いながら近付いてくる。
ってか酒臭。
なるほど酒盛か、と思いつつ、そんなことしてお上 に怒られないのか、とかちょっと不安になった。
「どういう状況?」
オレがもう一度聞くと魁君がえへへ、と笑う。
「あのね! 帰って来たらカズにも言おうと思ってたんだけど! 珍しく! 今日の午後と明日丸一日、休暇命令が出たんだよ。だから〜」
「だから?」
「呑んでた〜」
いや、呑んでた〜、じゃねぇよ。
見ると魁君は目元がちょっと赤いし、いつもより3割増しでテンションが高い。シュンさんも顔を少し赤くしてニコニコしてるし。
琉央さんは顔色一つ変えずに奥の臙脂色のソファに沈んでるけど。
ついでに言えば、琉央さんの足元には空き缶と空き瓶が適当に並べられている。ワインと、ウィスキーと、ビールと、日本酒と。
「え、これ、ちゃんぽんってやつじゃん」
オレは思わず呟いた。
「あははは!カズよく知ってるじゃん!カズも飲む?」
「いやオレまだ10代だし」
だめだ。魁君じゃ話にならない。
悟ったオレは、比較的話が分かりそうな琉央さんに助けを求めることにして、近くにそっと避難する。
琉央さんは普段通り、ぼっとしてるんだかよく分からない表情で足を組んで座っている。
目の前の机にはロックの、多分ウィスキーが置いてあった。
「琉央さんもお酒飲むんだね」
オレが尋ねると「うん」と返事が返ってくる。
すると、魁君がけらけら笑いながらこっちに体を倒してくる。
「カズ〜、今琉央くんに何言っても無駄だよ〜半分寝てるから。うん、しか言わないもん。 あ! 今のうちになんかお願い事しときなよ。証拠残しとけば叶えてくれるかもよ。なんってね! あははは!」
魁君にしては珍しくちょっと面倒くさい。オレは魁君に呆れつつ、琉央さんの顔をちらっと覗き込む。顔色はなんにも変わってないし、お酒臭いことを抜きにして普段通りに見える。
「どんくらい飲んだの」
一応、もう一言声をかけてみる。すると「うーん……うん」と返事が返ってきた。
だめだ。この人も話が通じない。
代わりにまた魁君がけらけら笑いながら「この人、俺の5倍くらい飲んでるよ〜」と答えてくる。
そもそも魁君がどれだけ飲んでるのか知らないんだけど。
オレは溜息をついて荷物を肩に掛け直した。
やってらんない。自分の部屋に帰ろう。
そう思って一歩踏み出した途端、制服の裾を誰かに掴まれた。
シュンさんだった。