鴉
「一也〜おかえり」
シュンさんは圧倒的に面倒臭そうな雰囲気を醸し出していた。というか普段からオレにとって遠くて、難しくて、でもどうしようもなく共感して、圧倒的に面倒くさい人なのに。これ以上面倒な人になってどうするんだよ、あんた。
「シュンさんも飲むんスね」
無視しようと思ったけど、一応返事を返して、オレの服に掛けられていた手をそれとなく外す。するとシュンさんはそんなこと全く気にしない様子で、えへへ、とだらしなく笑った。
「そりゃ飲むよ〜大人だも〜ん」
大丈夫かこの人。
普段のしゃんとしたシュンさんの面影がなくて狼狽える。オレが固まっているとシュンさんが何か思いついたようにあ、と顔を上げた。
「そうだ! 魁〜次はねぇ、どの石の話聞きたい〜? それとも花がいい〜?」
「あはははシュンちゃんウケる! もうだいぶ聞いたから俺はいいかなぁ〜。あ、一也が聞きたいって〜」
「ちょっと! オレを巻き込むなよ! あんたら頭大丈夫?」
語気を強めて2人を睨むと、魁君が相変わらずヘラヘラしながら「多分大丈夫じゃないかも〜」とか宣った。
「シュンちゃんってさぁ、飲ませるとどんどん飲むしめっちゃ面白いんだよねぇ〜。だからだいぶ飲んでると思う。俺の20倍とか、あはははは」
「ほんっと、何やってんのあんたら」
オレが思いっきり顔をしかめると、シュンさんが「一也も飲むぅ?」とか言い出した。
「本当にやばいね」思わず呆れて呟く。
「魁〜、一也が相手にしてくれない〜」
「あははっ、シュンちゃんマジウケんだけどっ!」
本当にやってられない。お酒の何がいいんだ。まったく大人って奴は。意味が分からない。
看護師だった母さんから夜勤に出会った酔っ払いについてたくさん聞かされたことを思い出す。
何かと理由をつけてみんなお酒を飲むけど、みんな人に迷惑かけて全部忘れて、次の日なんか何もなかったみたいな顔でいつも通りなんだ。
そんなんだったら、いつも後悔しないように、嫌なことは嫌って言って、やりたいことはやりたいって言えばいいじゃないか。それを、全部なかったことにして。現実逃避のために飲むなんて、虚しいだけじゃないのか?
お酒なんて大嫌いだ。大人になったって絶対飲んでやるもんか。
オレが意を決したすぐ横で、今まで静かに座っていた琉央さんがすっと立ち上がった。全然顔色が変わってないように見えるけど、足取りが重いからやっぱり飲んでるんだな、と頭の隅で思う。
「琉央くんはね、めっちゃ飲んで、最後眠くなって、明日にはあんまり残らない体質だから。まぁ比較的ザルだね」
オレの顔があんまりにも素っ頓狂だったからか、魁君が丁寧に説明してくれた。正直あんまり要らない情報だけど、そう、と返事はしておく。
「琉央くん寝るの」と魁君が尋ねると、琉央さんは例に漏れず「うん」と頷いた。
「えーじゃあ俺も片して寝ようかな〜」と魁君も立ち上がる。どうせ琉央さん「うん」しか言わないじゃん。
「シュンちゃんもほら」
魁君が立ち上がるついでにシュンさんの腕を引っ張る。
「えーやだぁ。僕ここにいる」
「もぉ! 駄々っ子シュンちゃん!」
「うえ〜」
「うえ〜じゃないよぉシュンちゃん!」
うわ。面倒くさ。
絶対、絶対、片付けも掃除も手伝ってやんない。明日は絶対引きこもって、絶対一日中寝てやる。
オレは再び誓って、自分の部屋に足を向ける。キツくしかめたオレの顔は、きっとしわくちゃだったに違いない。
なのに、もう一度制服の裾が引っ張られる感覚がして、見るとやっぱり犯人はシュンさんだった。
しかも「シュンちゃん早く!」という魁君の言葉に「だって、一也が相手にしてくれない……」とか言い出した。
「オレは関係無いじゃんか……っ!」
心の声がそのままこぼれ出た。
オレは極限まで眉間にしわを寄せてシュンさんを睨んだ。けれどシュンさんはそんなのお構いなしにオレの制服をきゅっと握る。背もオレより低いし女子大生に間違われるくせに力が強いとか。
本当に厄介だ。ほんとウザい。