鴉
オレは居心地が悪くなって、スマホを傍に放り投げる。そして、代わりの言葉を探して息を吸った。
「オレだって……ちょっとはシュンさんの相棒として……頑張ろうって思ってるのに。あんたがそれを、嫌がるんだろ。分かってんだからな……」
自分で思ったより小さい声が出たと思った。自信がないのがバレたと少し後悔した。
けれどシュンさんは半開きの朱鷺色の目でオレを見て、気が付かなかったみたいにへへっと笑った。
「一也は相棒だよ」
シュンさんの言葉に、オレはちょっとだけ驚いた。核心をついた、肯定的な言葉がシュンさんの口から出るなんて思っても見なかったからだ。
それでも、それがお酒の力であることが、少し悲しいような寂しいような、悔しいような。変な気持ちになって、オレはソファに足を上げて膝を抱えた。
「……あっそ。……そりゃどうも」
オレが呟くと、シュンさんが「だって……」と口を開いた。
「……一也がいいなぁ」
「何が」
「僕の最期の相棒」
誰だよ、オレが来てからシュンさんが死に急がなくなったとか言った人。
オレはムカついてシュンさんを思いっきり腕越しに睨んだ。
シュンさんは相変わらずへらへらして、それが本心なんだか出任せなんだか、よく分からない表情でウーロン茶を飲んでいた。
目は合わなかった。
オレは痛くなる胃をなぐさめながら、シュンさんを睨み続けた。そして暫く同じ状態が続いて、耐えきれず「あのさ」と口走った。
「あんたのこと死なせる気は毛頭無いから。オレは出来る範囲でシュンさんのこと繫ぎ止めるし。すぐ死のうとするのほんとやめてよ、馬鹿。……つうかリーダー居なくなったら委員会どうするんだよ」
オレが言い終わると、シュンさんはグラスを置いてゆっくりとこちらを向いた。
一瞬目があった。瞬間そこはかとない恐怖を感じた。
けど、すぐにシュンさんはへなへなした顔をして「琉央が委員長になるから大丈夫だよ〜」とか笑い始めた。はぐらかしたな、と思った。本当にムカつく。
「まぁ、実際あんたが死んだって……オレは別に」
オレは思わず呟いて組んだ腕に顔を埋めた。
そんなの嘘だ。
本当に嫌だ。
何もかも。
自分で言って悲しくなって、それが尚更悔しかった。
近くにいる人が居なくなるのは、本当は誰であろうと耐え難いことに変わりはない。
もう二度と、側にいる人が急にいなくなるなんてこと、あってほしくない。
そんなこと。オレの口から言わないでもわかってくれないと。耐えられないじゃないか。口に出すだけで涙が出そうになるのに。
オレが伏せたまま唇を噛んでいたら、頭に何か落ちてきた。俺のパーカーのフードが被せられたんだと思った。そしてその上から、シュンさんの思いの外大きい手が降ってきた。そのまま頭を撫でられる。
「う〜ん。黒まんじゅう君は優しいねぇ」
シュンさんが呟く。
「ふふ、黒まんじゅう君」
「……」
「僕もねぇ、一也に死んでほしくないなぁと思うんだよ」
「……」
「だから、無理をしてほしくない。無茶なことをしてまで、僕を守ってくれようとしないでほしいんだよ」
「…………」
「でもね……」
そこでシュンさんの声が途切れる。暫く待ってもシュンさんは何も言わなかった。
「でも、なんだよ」
我慢ができなくて、オレは言いながら顔を上げた。見ると、シュンさんはすーすー寝息を立てて眠っていた。
「でも、なんだよ馬鹿!」
オレはもう一度音量を上げて呼び掛けたけど、シュンさんが目を覚ます気配はなかった。
あぁ、本当にあんたはそういう人だよな、いい加減にしろよオレの事子供扱いして適当にあしらって!
どんだけ俺の気持ちを踏みにじれば気が済むんだよ。
大事なことは何一つオレに言わないくせに。オレの事は心配するくせに!
オレが心配することを許してくれたことなんて一度もないじゃないか!
「本当最悪」
俺は呟いて、ちょっと出そうになる涙を引っ込めて勢いよく立ち上がった。
荷物を肩に掛けて傍に放っていたスマホをポケットに突っ込む。
どうせ明日、今日の事を聞いたって、酔ってたから覚えてないとか言うんだろう。どうしてオレの事をそうやって。
これがきっと琉央さんとか魁君だったら。きっと最後までちゃんと話してくれるのかもしれない。
オレが子供だからなのか。相棒なのに。なんで。
「意味わかんない」
オレは呟いて自分の部屋に足を向けた。
「シュンさんなんか……———— 」