TSUKINAMI project

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 メイデンガーネット。

 ハイリから聞いたその名前が気になって、俺は何度かネットで検索を試みた。

『メイデンガーネット』自体は調べても何も出て来なかった。だけど、ガーネットの石についてはいろんな検索結果が引っかかった。

【ガーネット】

 1月の誕生石です。
 不断の努力を実らせ、成功へと導くパワーを授けてくれます。
 叶えたい夢に向かって頑張る人の心に寄り添い、力を与えてくれる石です。
 名前の起源は『種子』という意味の『granatus』。別名『ざくろ石』。
 歴史上もっとも古い宝石のひとつで、その深く赤い輝きから、『神聖な石』『真理を得る石』として祀られてきた歴史があります。
 また、この赤が「生命力・血液」を連想させることから『一族の血の結束』を表すとして王家の紋章としても珍重されてきました。

 転じてこの石には「激動・人知を超えた真理」という側面を持ち合わせていると言われ、持つ人の意志が弱いと石のパワーに飲み込まれてしまうという言い伝えも残されています。

 ふむ、と俺は首を捻る。

『不断の努力を実らせ、成功へと導くパワーを授けてくれます』

 その文言に、運営からのプレゼントとしては妥当な選択なんだろうと思った。一方で、やっぱり「肌身離さず身につけろ」というのが引っかかった。

 でも万が一。GPSが仕込まれていたとして、ハイリ自身に後ろめたいことがなければ、逆にその位置情報でハイリ自身の身を守ることができるんだろうとも思う。

 俺はため息をつく。昨日からずっと、考えていた。

 ハイリのために俺ができることはなんなんだろうか。

 調査や統計、資料作成はできる。けれど、結局のところ俺はマネージャー(仮)だ。できることに限界がある。所属事務所みたいに物理的にものや環境をハイリに与えたり、どこかの先生のように歌やダンスをハイリに教えることもできない。

 マネージャーとして正式に雇ってもらえたら。少しはハイリのためにもっとたくさんの仕事ができるんだろうか。それなら、早く大人になりたい。

 生まれて初めて、俺はそんなことを思っていた。

「なに見てんの」

「うおっ!」

 いきなり声をかけられて、俺は驚いて体をビクつかせた。声の方を向くと、大親友の一也 (かずや)様が俺の机に寄りかかって、不思議そうに俺の方を眺めていた。

 なんせここは昼休みの教室である。で、あるからして、むしろ驚いている俺の方こそ変な人なのだ。

「何驚いてんの、エロゲでもしてた?」

 そう尋ねてくる一也さんの反応が正解である。

「いや、してねぇし」俺が言うと、一也は笑って「冗談」と呟いた。

「あ、そう言えば見たよ」

 一也の言葉に何のことか分からず首を傾げたら、一也がスマホの画面を俺に押し付けてきた。

 近い近い。お前はハイリか大型犬か。

 そう思いつつ、画面と距離をとると、そこにはハイリのChirpホーム画面が映し出されていた。

「おっ! マジで!? 見てくれたんですか一也様!」

「かわいいじゃん。正直クオリティ低そうって思ってたけど、そんな事なかったね」

「だろー!」

「……うっざ」

「うざくもなりますよ。俺のイチ推しアイドルですから」

 俺は言って口を尖らせた。それを見た一也は溜め息をついて「はいはい」と宣った。

「それで、何見てたの? 眉間にシワなんか寄せて」

「そんなに寄ってた?」

「うん。佐丞にしては珍しく」

 一也に言われて思わず眉間を指で撫でる。確かに、眉間の筋肉が凝っているような気がした。

「……ちょっと考え事してて」

 俺が言うと、一也は「ふーん」と呟いて俺の携帯の画面を覗き込んだ。

「ガーネット?」

 聞かれて「うん」と俺も答える。

「ハイリが、運営から『メイデンガーネット』っていう石がついたネックレスもらったらしいんだよね」

「ほう?」

「それが、運営曰く『肌身離さず付けろ』でも『誰にも言うな』なんだとさ」

「……誰にも言ってはならない情報をなぜ佐丞は知っているのかな?」

「ハイリの口に戸は立てられない」

「あ〜、はい」

「それで、俺としてはその『肌身離さず付けろ』でも『誰にも言うな』っていう運営の意図が気になって」

「あぁ……位置情報取得してるんじゃないか、みたいな?」

「そう」

 俺が頷くと、一也は「ふ〜ん」と相槌を打つ。

「でも、GPSって電池交換とか必要じゃん。スマホとかMPみたいに意識せずとも充電させる機材なら別として」

「……そっか」

「まぁ、1年間ぐらいの頻度で交換を要求されたら怪しいとは思うけど」

「考えすぎだと思う?」

「まぁ……ちょっとだけね。気持ちはわかるけど」

「だよね」

 俺は言って下を向く。

 やっぱり、いろんなことを考えすぎなのかもしれない。焦ってるんだな。そう自分でもわかるくらいに空回りし始めている気がする。

 何かしてあげたい気持ちばかり先走る。俺が考え込んでいると、窓際で男子が何人か騒いでいるのが聞こえてきた。

「昼間っから侵入者か?」

「マジか、何しに来たんだよ」

「あの子、超可愛くない?」

「女の子の侵入者とか本当に何しに来たんだよ」

「それな」

「あれ、メイデンのハイリに似てるな」

「……は?」俺は思わず立ち上がって窓際に走り寄る。

「お、佐丞めずらしいじゃん!」とか「お前もアイドルに興味あるの?」とか聞こえてきたが、今はそれどころじゃないんだ。ごめん、ヨシとズミー。

 俺は窓の外に目を凝らした。

 校庭の隅で、何やら警備員さんと誰かが揉めている。

 女の子だ。灰色の髪。ベージュ色の見慣れないブレザーの制服。彼女がふとこちらを向いた。

「……え…………ハイリさん?」

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