鴉
「ツツジ」
「……うぇ、なに?」
呼ばれてはっと我に返る。見ると、ハクくんが伏し目がちに俺の方を見ていた。
「昔の事を思い出してる?」
「……よくわかったね〜」
「レンのことから自分のことを連想した?」
「ん〜。そーんな感じ〜」
俺はバツが悪くて下を向く。こういう時のハクくんは、本当に遠慮がないと思う。いわゆる、デリカシーがないってやつだ。
でも。そういうのに救われる時もある。
俺が、そう言うのを無遠慮に言ってもらえた方が安心するタチだから。
俺がここに来たばっかりの時も。言葉にするのが苦手なハクくんを随分と困らせたっけな。
でも、それが今思うとちょっと癪で。やっぱりこれが “遺伝子が決めた” らしい、共鳴による、根っからの相棒なのかも、と納得してしまうから。
ハクくんが俺にしか見せない顔をする度に。俺自身の意思なんて、もしかして関係ないんじゃないかって。俺の生きてきた軌跡は、全て “遺伝子が決めた” 、初めから定められたものなんじゃないかって。自分の努力は全くの無駄なんじゃないかって落ち込むから。
俺に対するハクくんの信頼だって。初めから、そうあることがまるで正解だったみたいに。
そう考えると。ひどく、すごく悲しい時がある。やっぱり、俺は努力をしても何もできない、できそこないで、唯一遺伝子だけが俺の取り柄なんじゃないかって。
そんなこと。もう、考えないと決めたのに。
俺は、努めてへらへらした声で、えへへ、と笑った。
「俺たちどんなんだったっけって、って思って」
「あぁ……」
ハクくんは考えるように上を向く。その綺麗な横顔に俺はまた少しムカついた。
「ハク様はあの時からずっとカッコいいよね〜」
俺の言葉にハクくんがこちらに顔を向ける。
「それはどういった意図の発言?」
「悪ふざけ〜」
「だろうね」
「最初はカッコいいって言っただけでドギマギしてて楽しかったのに」
「そう言うのは小出しにするに限るんだよ。君は思い付いたらずっと同じ事を言ってる。だから慣れた」
「え〜、つまんな ———— 」
言いかけた、その時。
『———————— 』
“聲” が聞こえた気がして全身が緊張した。
ハクくんも気が付いたようで顔色を変えた。二人で思わず周りを見渡す。この辺りはさっき探査したはずなのに。しかもかなり近い。
強い “聲” だ。
「え、急すぎじゃない?」
「僕も感じる。おかしい」
「ハクくんがわかるレベルとかヤバすぎるんだけど」
ハクくんは丹に対して “鈍感” だ。それが黒の遺伝子を持っている人の特徴だし、特に琉央くんはその気が強い。そのハクくんも焦るほど感じる となると。
「マズいね」
「同感」
音叉を出して叩いて歯で咥える。そして俺は目を閉じる。
すっと。感覚が地面に落ちる。
舐めるように周りに感覚を這わせる。
ぶつかった。
近い。でかい。
頭に座標を思い描く。
あそこは————
『角を曲がった都市公園か』
ハクくんの聲だった。ハクくんの聲を頼りに俺も自分に戻ってくる。そしてすぐに、音叉を口から放してハクくんと駐車場に向かって走り出す。
遠隔で車のキーを開けて、俺は真っ先にトランクルームを開ける。
ここは住宅や商業施設もあるし、きっと対象との距離も近い。ライフルは不向きだ。
俺はケースに入っていた拳銃を掴んで太もものホルダーに突っ込む。俺の血で作った血弾 が入った奴だ。
それから手前にあった臙脂色の包みを掴んで中身を取り出した。久しぶりだな、これ使うの。
「脇差にするのか」
ハクくんの呟きが聞こえた。
「久しぶりだけどね〜。ハクくんは?」
「手甲鉤 とトマホーク、どっちがいい?」
「手甲鉤はマジでウケる、忍者じゃん」
「じゃあトマホーク?」
「現地の人じゃん、それもウケる」
俺は笑ってトランクルームを閉める。
「しょうがないな、いつも通りワイヤーを持っていこう。トドメは任せる」
「ハク様、ふざけてる場合じゃないと思いま〜す」
「そうだね」
言って、ハクくんも後部座席のドアを閉めた。
俺は音叉を叩いてもう一度、浅く、索敵する。場所は動いてない。ハクくんに指で合図して、一緒に目的地に向かって走り出す。
2区画先。さっき通った場所だ。深夜でも車がまあまあ通る大通りに面した都市公園。生垣と大きな木が生えた広めの入り口が見えてくる。
入り口に入って、俺たちはすぐ木の影に身を潜めた。